ハリクラフターズ社
を代表する短波受信機の一つといって間違いないのが、1946年から1961年までの15年間にわたって発売されたS-38シリーズです。
終戦に伴い民生用短波受信機の生産が再開され、そして入門者向け低価格レシーバとして意図されたS-38 は数多くの青少年をエレクトロニクスの世界に誘い、
大袈裟に言えばその後のアメリカの科学技術の発展に寄与した、といえるでしょう。
このラジオはまた、いくつかの日本の無線機メーカーにコピーされもしました。
注: 古い日本の雑誌では「ハリクラフター」と書かれている場合が多いですが、これは完全な誤り。
S-38の直系の先祖はエコーフォン・ブランドで発売された エコーフォン EC-1 までさかのぼれます。戦時中で唯一、民生用の短波受信機として販売されたEC-1は3バンド6球スーパーヘテロダイン。 スプレッド・バリコンはメイン・バリコンと一体になっています。 後継機 エコーフォン EC-1A では真空管構成が変わり、S-38の原形となる特徴的な「分度器2つ」ダイヤルになります。 EC-1BはEC-1Aと同じ外観ながら、バンド・スプレッドとしてバリコンではなく局部発振コイルのスラグを動かす方式を取っています。 1946年、EC-1Bはケースやダイヤルの色およびつまみの形に変更を受けて、S-38の発売直前の短い間、 ハリクラフターズ S-41G/W スカイライダー・ジュニア として再デビューします。 エコーフォンEC-1Aをベースに、Raymond Loewy氏の外装デザインにより再設計された 初期型S-38 は6球スーパーヘテロダイン。短波帯は3バンドに分割され、BFOピッチコントロールをフロントパネルに持っていました。 ハリクラフターズ社は低価格機を発売することによってハリクラフターズ・ブランドのイメージが傷つくのを恐れてエコーフォン・ブランドを使用していたわけですが、 S-38の発売により多くの少年が憧れのハリクラフターズを手にすることができるようになったわけです。 初期型S-38はすぐに S-38A に置きかえられます。 BFOとANLを構成していた12SQ7が取り除かれ、5球構成になります。 BFOは12SK7中間周波数増幅管で兼用され、ANLとBFOピッチコントロールは削除されました。 S-38Aはトランスレス方式でシャシーはACプラグのどちらかのピンと直結されています。 そのため動作中にシャシーに触れると感電してしまいます。 S-38B はS-38Aの感電対策版です。 AC電源ケーブルはバックパネルに一体化された電源コネクタで接続されており、 バックパネルを取り外すと電源ケーブルが抜けるようになっています。 S-38C ではケースの塗装が黒からシルバーグレイのハンマートーン塗装に改められ、 中間周波数増幅とBFO用の真空管が12SK7から12SG7に置き変わっています。 内部回路のコモンはシャシーには直接接続されず、通電中にシャシーに触れても感電しないように改められています。 発売は1953年から1955年。定価49ドル50セントでした。 S-38D からはそれまでの分度器2つダイヤルが横行きダイヤルに置き換えられるという外観の大変更。 依然としてよく売れていたようですが、魅力が大きく損なわれてしまった感があります。 1957年発売の S-38E では、それまでのメタル・GT管構成からMT管構成に変更されます。 1961年にS-38シリーズは、似たような回路構成ながら外観を完全に新しくした後継機、 S-120 に置きかえられます。 B電源の整流にセレン整流器を用いた4球式。 この時点で当初のハリクラフターズらしさは完全に色褪せ、 安い日本製トランジスタ受信機が台頭してゆくなかの1964年にS-120もラインアップから姿を消してしまいます。 |
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S-38Cは、回路構成的には家庭用の平凡なAC-DCセット (日本で言うトランスレス) と変わらない5球シングル・スーパーヘテロダイン構成であり、
使用している真空管は世代的には大戦直後と変わらない、メタル管とGT管です。
中間周波数は455kHzです。
ロータリースイッチによる4バンド切り替えで、540kHzから32MHzまでをカバーします。 通信型受信機に欠かせないCW (モールス通信) を受信するためのBFOは、 本来ならば真空管を1本使って発振回路を設けるところですが、 S-38A以降のS-38シリーズではコスト削減を優先するために専用の発振管は省略されています。 フロントパネルのAM-CWスイッチをCWにセットすると、 中間周波増幅段にポジティブフィードバックがかかって455kHzで自励発振動作を行い、 これによってCW信号がトーン音として聞こえるようになります。 |
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フロントパネルの3つの赤いスライド・スイッチは以下の働きをします。
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チューニング機構はエコーフォンEC-1Aと同じ
で、メイン・バリコンとバンドスプレッド・バリコンは一体になっており、
左右のチューニングつまみから糸掛け駆動されます。 |
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エコーフォンEC-1Aと全く同一のチューニング機構とダイヤル盤の構造ながら、
薄いスチール板をプレス成型してつくられたダイヤルエスカッションの意匠。
戦後の新しい時代の生産拠点としてシカゴのW 5thアベニューに建設されたハリクラフターズ社の新工場 ―
そこで生産すべき新しい時代の受信機としてデザインを託されたレイモンド・ローウィ氏の作品です。 S-38Cは1953年モデルと言われていますが、 ダイヤルにCDマークは入っていません。 動作中はダイヤルがカバーの透明プラスチックをライトガイドとして豆電球で照らされます。が、光量は全くのお世辞。 |
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周波数変換はペンタグリッドコンバータ管12SA7を使った自励式。
最高バンドで局部発振信号の振幅が不足しがちになるのを補うため、
12SA7のスクリーングリッド電流をバンド4の局発コイル近くに巻かれたコイルを通してフィードバック量を増やしています。
大量生産で低価格を実現するために、キャビネットは薄いスチール板のプレス成形で作られています。 そのためうっかりすると作業中に指に切り傷を作ってしまいかねません。 スピーカはケース上面に取り付けられています。 が、音質を考えればぜひ外部スピーカを使いたいところ。 以前のオーナーはアンテナ・ターミナル脇に穴を開けていますが、この意図は不明。 |
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最後にいじっていた時は性能は今一つながらとりあえず鳴っていたのですが・・・
ナショナルNC-57
の修理を終えておつぎはこれ、
と夢と時空の部屋のワークベンチの上に置いて電源を入れたら、
あれまあ、ひどいハム音が出るばかりでまったく使い物になりません。
それもそうか・・・
最後にいじっていたのはまだラボがクパチーノにあったときだったね。
たぶん24年は経ってる。 キャビネットからシャシーを取り出し、整備中に痛めないようにダイヤル盤とダイヤルポインタを取り外しておきます。 さて、このシャシーをどうやってサービスポジションにセットしようか。 たまたまシャシー上面には何も取りついていない面がありますので、 頑丈なL字ブラケットと両面テープを使って回転テーブルに取り付けて、 作業準備完了。 |
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電源平滑の電解キャパシタはもちろん、モールドキャパシタは無条件に全交換しましょう。
いくつか測ってみたらソリッド抵抗はみな20%程度の抵抗値増大を示していましたので、
ソリッド抵抗も基本的に全交換の方針で行きます。
作業開始。
おまちどうさまでした。 2022-04-26 サービス開始 |
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オリジナルのブロック電解キャパシタは撤去し、
電源回路と音声出力段のコンポーネントを新品交換。
ジャンク在庫部品のユニバーサル基板の切れ端をノコギリで切って新品電解キャパシタを取り付け。
ブロック電解キャパシタは4個入りで、そのうちひとつはビーム出力管のカソードバイパスですが、
これは単独のキャパシタを使用しました。
配線引き回しが短くなりました。 |
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電源を入れると、電源平滑不良由来のハムはすっきり消えましたが、
まったく受信できません。
ボリュームつまみをフルにするとハム音がしっかり出ているので低周波増幅段は動作しています。
でもバンドセレクタを切り替えてもショックノイズが出ません。
これは中間周波増幅段が動作していないな。
シャシー内で1本外れている線があって、これはスタンバイスイッチの配線。
これだこれだ。
これが切れていれば中間周波増幅管のカソードがつながらないから動作しなくて当然。
はんだ付けして、受信機は受信動作を始めました。
お、けっこう感度良く受信できてるよ。 2022-04-30 電源回路・音声出力段コンポーネント新品交換 受信動作開始 |
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さて今回S-38Cを復活させたのは、「5球スーパーでFT8は受信できるか?」という、
なんともアレな研究課題のため。
短時間の復調周波数安定度を5Hz以下に抑えなければならないデジタル通信モードFT8の受信は、
いつも周波数がふらふらする真空管受信機では困難なこと。
第1局発とBFOがいずれも水晶発振の
コリンズ75S-1
は見事に受信できますが、
第3局発PTOの可変幅が大きい
コリンズ51S-1
にはそれなりのチャレンジ
(2022-11-13追記 51S-1はFT8を安定して受信できるようになりました)
。
1939年設計の高1中2の
ハリクラフターズS-20R
では「デコードできることがある」
程度でしかなく、
放電安定管で電源電圧変動の影響を抑えた高1中2
ナショナルNC-57
では「調子が良ければ結構受信できる」
という感じでした。 本機ハリクラフターズS-38Cは、 中間周波段・周波数変換段までの周波数安定性に寄与しそうなコンポーネントを交換した現状では、 局発の周波数安定性はシングルスーパーにしてはかなり優秀な部類に入りそうに思えます。 案外に行けるかもよ? ただし、中間周波増幅管をポジティブフィードバックさせるという粗末なBFOではまともに復調なんかできるわけはありません。 そこで、S-38CのBFOは使わず、SIGLENT SDG2122XシグナルジェネレータでBFO周波数を発振させて、 受信機内部に静電結合で注入して復調を試してみます。 すると・・・おおお、案外に復調できているね。 安定して毎回確実にデコードできるなどということはありませんが、 想像以上の成果です。 |
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でもやはり外部BFOに頼って受信したというのはあまり胸を張れませんね。
ものは試し、S-38CのBFOで受信してみると・・・
「たまにデコードできることがある」
という感じ。
USBもLSBもなく、入力信号どうしのビートも入り込んでしまうめちゃくちゃな状態なのですが、
そのなかからWSJT-Xはがんばってデコードしてくれています。
1分間に1回くらいはデコードできることがあるよ、
といった感じでしょうか。 ともあれ掛け値なしで、真空管を5本しか使っていない受信機でFT8をデコードすることに成功しました! S-38CのAM-CWスイッチは中間周波段のポジティブフィードバック有効/無効を切り替えるわけですが、 CWポジションにしたときは自励BFO動作が始まるだけではなくて、 受信機のAGCを止めてフルゲイン動作になります。 本機にはRF GAINコントロールはないので、 強力な信号に対してはCWもSSBも復調が困難になります。 回避するためにはアンテナアッテネータでも併用するしかありません。 2022-05-01 FT8受信トライ |
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ダイヤル盤とポインタを取り付けて各バンドのアラインメント。
そういえば今回作業を始めたときにダイヤルランプは取りついていませんでした。
変だな、入手したときはランプはあったはずなのに。
ランプの在庫部品を見ると、ちょうどよいNo.47がひとつ。
ひょっとしてこれはもともとこのラジオについていたものだったのかもね。
ケースに組み戻すときに取付忘れて、そのままにしていたとか。 さてアラインメントですが、 調整点も簡略化されていて局発コイルのコア調整はありません。 このためダイヤル目盛りの合わせ込みはパーフェクトとはいきませんでした。 Sams Fotofactに記載の調整手順にこだわらず、 バンド内での感度偏差が大きくなり過ぎないようにチューニングしました。 S-20R スカイチャンピオン では、 局発周辺のキャパシタの交換が困難でそのままにしてあるせいだとは思うのですが、 30MHzでは周波数変換管6K8が安定して局部発振周波数を作り出せず、 動作はすれども不安定でした。 新しいペンタグリッドコンバータ管12SA7を使い、フィードバック補強リンクコイルを備えたS-38Cでは、 30MHzも実に安定して受信できます。 周波数の安定性もとても良好。 15分ほどのウォームアップが済めば、 ダイヤルに全く触れることなくシグナルジェネレータでつくった30.000MHzのBGM音楽信号を一日じゅう安定して楽しむことができます。 2022-05-02 バンドアラインメント調整 |
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ボトムカバーがないままというのはアレなので、
適当にカバーを作りましょう。
ダイソーのアクリル板が長手の長さがぴったりで好都合。
厚さ2mmの白色アクリル板をプラスチックカッターとノコギリで切り出し、
ドリルでネジ穴開け。 でもね、ワタシこういう工作はほんと苦手なのですよ。 注意して開けたつもりが穴位置寸法間違えてて、 穴をあけなおしたら穴の周囲がバキッと割れちゃって。 とりあえずカバーとして機能するものはできましたが、 写真に撮る気にもならない、惨めなできばえ。 元気が出たらもう一度チャレンジしようかねえ。 2022-05-09 ボトムカバー製作 見事に大失敗して惨めなできばえ |
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