NoobowSystems Lab.

Go to Back To Life Again

Sherwood S-2100

FM Stereo Tuner
(1962-1966)


旅の途中で

    はたしていつどこでこれを買ったのか、もうほとんど覚えていません。 オレゴンかワシントンの、北に向かう郊外の片側1車線の田舎道、 ぼつんとあった道路沿いの一軒家にYARD SALEの手書き看板が出ていて、 一服休憩がてら止まり、家人さんと挨拶をして、 でもあんまりめぼしいものはなくて、 5ドルの値札がついていたこれを買ったのだ・・・ と記憶しています。 たしかそのお宅はスミスさんと言ったような、 あるいはそんな感じの、中学の英語の教科書に出てきそうな平凡で古風な感じのお名前だったかと。

    ガレージラボでテストすると、チューナとしてきちんと動作していることが確認できました。 けれど結局これを実用機としてラジオを聞くことはなく、 さりとて手放すこともなく、帰国の船便コンテナに乗って太平洋を渡り、 その後22年間、段ボール箱の中で眠っていたのでした。





Sherwood S-2100

[このセクションは整備作業が終わった後に書きました]

    Sherwood S-2100は、1962年秋に発表された、Sherwood社初のFMステレオ-AMチューナです。 1961年04月にアメリカのFMステレオ放送の標準形式としてGE-Zenith方式 - パイロットトーンマルチプレクス方式が正式採択されたことを受け、 先代S-2000II FM-AMモノラルチューナにデマルチプレクサを搭載してFMをステレオ化したモデルです。 1960年代初頭のアメリカならではの、淡いアイボリーのフロントパネルにゴージャスなシャンパンゴールドのフロントベゼルで飾られた、 高級オーディオ機です。 通常のFMチューナよりも20%長い大型横行きダイヤルの中に、 美しいライトブルーに発光するチューニングインジケータと、 FMマトリクスステレオ信号を受信したときにオレンジ色に光るステレオインジケータを持ちます。


FM高周波増幅段

アンテナ端子から入った信号はバンドパスフィルタを通過したのちに6BS8 双3極管を使ったカスコード増幅回路で非同調増幅されます。 この段はAGC制御を受けます。

FM周波数変換段とFM局部発振回路

FMの周波数変換は6CB6 5極管で行われます。 高周波増幅段の出力はバリコンで同調されるLC共振回路を通った後、 FM局部発振器の出力が加えられ、 6CB6のコントロールグリッドに入ります。

FM局部発振は12AT7A 双3極管の片側セクションで発振されます。 FM周波数変換はアッパーサイドインジェクションであり、 局部周波数発振器は受信周波数よりも10.7MHz高い周波数を発振しています。 12AT7Aのもう一つのセクションはAFCとして働きます。

FM中間周波増幅段

FM中間周波信号は2段の中間周波増幅回路で増幅されます。 第1段は6AU6 5極管による極めてシンプルなゲイン固定のカソード接地増幅回路。 第2段は6BA6 リモートカットオフ5極管で、FM受信時には飽和領域で動作し、 振幅制限器 - リミッタとして動作します。 こちらはAM受信時の中間周波増幅段も兼ねます。

FMリミッタ

3つめの中間周波トランス2次側から取り出されたFM中間周波信号は6BN6ゲーテッド・ビーム管でさらに振幅制限され、 AM成分が排除されます。

ハッシュ・コントロール

本機には、FMの局間ノイズを抑制するハッシュ・コントロール機能があります。 信号レベルが低いとき、6AU8の3極管セクションが導通し、 リミッタの出力をシャントして、局間ノイズが出ないようにします。 ハッシュコントロールのしきい値はリアパネルのトリマで調整が可能です。


FMドライバ

リミッタで振幅一定のパルス列になったFM中間周波信号をレシオ検波器に入れる前に増幅します。 これは6AU7Aの5極管セクションが用いられています。


レシオ検波

FM復調回路はゲルマニウムダイオード2本によるレシオ検波器です。 検波後の平均電圧はAFC制御電圧としてAFC管に送られ、 局発周波数を若干量変化させることによって、 いったん合わせた放送局をロックし続けるようになっています。 AFCのON-OFFはフロントパネルのスライドスイッチで切り替えることができます。


パイロットセパレータ

レシオ検波で得られた復調信号は、6EA8の3極管部に送られます。 ここで19kHz同調コイルを用いて復調信号の中から19kHzのパイロット信号が取り出されます。 この管はまたコンポジット信号のバッファアンプとして動作します。 この回路中に、サブキャリア周波数67kHzのストアキャスト信号を除去するためのトラップコイルが設けられています。


パイロット増幅

19kHzのステレオパイロット信号は6EU7の3極管部に入り、増幅されます。


ロックドオシレータ/ダブラ

19kHzパイロット信号は6EA8の5極管部に送られます。 この管のカソード-グリッド間には19kHzの同調回路があり、 受信されたパイロット信号に正確に位相ロックされた19kHzが発振されます。 さらにこの管で19kHzの2倍の38kHzが生成されてFM副搬送波となり、 次段のバランストミキサに送られます。

これらFMステレオ復調用の真空管 - パイロット増幅とロックドオシレータ/ダブラは、 フロントパネルのファンクションスイッチがFM StereoのポジションにあるときのみB電源が給電されます。


バランストミキサ

本機のステレオデマルチプレクサは、ゲルマニウムダイオード4本を用いたバランストミキサです。 コンポジット信号に38kHzのサブキャリアが注入され、 マトリクス処理の結果として右チャネル・左チャネルの音声に分離されます。
フロントパネルのファンクションスイッチがFM (Mono)のポジションにあるときはトランスのセンタータップが切り離され、 バランストミキサはモノラル復調を行います。


オーディオ出力&デエンファシス

バランストミキサの出力は12AU7 双3極管に入り、 デエンファシスされつつ電圧増幅され、リアパネルのオーディオ出力となります。 デエンファシスのための時定数素子は3端子のセラミックパッケージに素子が封入されたICであり、 内部の素子定数は回路図からでは読めません。


AM高周波増幅

アンテナからのAM信号は6BA6で高周波増幅されます。 6BA6のコントロールグリッドはAGC電圧でバイアスされており、 アンテナ回路バリコンのステータにはAGC電圧が出ています。 なお高周波増幅管とつぎの周波数変換管はフロントパネルのファンクションスイッチがAMポジションにあるときだけB電圧が給電され、 FMポジションの時は停止しています。


AM周波数変換

AMの周波数変換は6BE6ペンタグリッドコンバータによる自励式です。 局部発振回路は第1グリッドを使った、インナーグリッド・インジェクション式です。 高周波信号は第3グリッドに注入されます。 第3グリッドにAGC電圧が印加されています。


AM中間周波増幅

AMの中間周波増幅は1段のみです。 FMの中間周波増幅第2段と兼用です。 この管はAM受信時のみAGC制御を受けます。 この管のプレート回路はFMの中間周波トランスとAMの中間周波トランスが直列に接続された形となっています。 この段の出力中間周波トランスの2次側はフロントパネルのAM WIDE - AM NARROWスイッチで切り替えられ、 AM WIDE時には通過帯域を広げ、高音が伸びた良好な音質を実現しています。


AM検波 / AM AGC

双2極3極管6BN8の2極管のひとつがAM検波として用いられています。 もうひとつの2極管がAM用AGC電圧発生用として用いられ、 ディレイドAGCを構成しています。


AM音声出力

AMダイオード検波の出力は6BN8の3極管セクションによるカソード・フォロワを介して、音声出力となります。 この管のグリッド回路にはハイカットフィルタがあり、 フロントパネルのAM WIDE - AM NARROWスイッチがNARROWポジションにあるときに高域を減衰させます。

チューニングインジケータ

チューニングインジケータにはEM87指示管が使用されています。 FM受信時にはリミッタ管6BN6の入力レベルから生成したFM AGC電圧が、 AM受信時にはAM AGC管で生成されたAM AGC電圧がコントロールグリッドに加わり、 蛍光発光部分の大きさを変えます。


STEREOインジケータ

FM Stereoモードのとき、19kHzのパイロット信号が一定以上のレベルで検出されると、 フロントパネルのネオンランプが点灯します。 この制御に6EU7の片側の3極管部が使われています。
パイロット信号検出判定はこのランプの点灯消灯を制御するのみで、 パイロット信号がないとき すなわちモノラル放送のときでも、 本機のステレオデマルチプレクサは常時ステレオ受信で動作します。 モノラル放送を良好な音質で聴きたいとき、 あるいは良好なステレオ復調を行うには信号強度が不足するときは、 手動でファンクションスイッチをモノラルポジションに切り替える必要があります。


電源回路

電源トランス2次側の電力はシリコンダイオード1本で半波整流され、 平滑キャパシタとドロッピングレジスタでリップルを除去したのちに装置各部に200V/155V/110V/100Vの電圧を供給します。 ヒータ巻線は6Vで、12V球はセンタータップを用いて6V点火されています。 FM高周波増幅/FM第1中間周波増幅/リミッタ/19kHz増幅の各真空管のヒータはインダクタを通したのちに給電し、 ヒータ配線を経由した高周波の回り込みが起きないように配慮されているほか、 FM高周波増幅管ヒータにはバイパスキャパシタが入れられ、ノイズ対策・不要輻射抑圧の対策になっています。
本機のフロントパネルのダイヤルスケールは2個の6V豆電球で照明されます。 このランプはヒータ巻線で点灯されています。





電源が入らない

    2021年05月、 夢と時空の部屋のエアコン設置工事 に向けての準備作業の途中で、 この真空管FMチューナーが出てきました。 そのスタイリングは25年間ずっと覚えていましたが、 正直なところメーカー名も型番も忘れていて、 自分の中ではただ「真空管FMチューナ」という認識でした。 電源をつないでみると、しかしまったく反応しません。

    入手したのはおそらく1996年〜1997年のころ。 そのころはWindows95が普及して多くの人がPCを使うようになっていましたが、 ようやく56kモデムが広まったころで、 データ通信はテキストが主流、 画像は一枚一枚ダウンロードしていくのに近い感覚でした。 サーチエンジンもYahoo!が急速にシェアを伸ばしていた時代。 ラジオの修理に必要な情報はネットニューズに投稿して誰かが回答してくれるのを待つ、 といったふうでした。 だからこのチューナに関する情報はほとんど得られなかったのです。

    それを考えるといまはほんとうにいい時代。 本機の型番 - Sherwood S-2100 - で検索すると、 回路図もサービスマニュアルも入手できました。 よし、そのうち修理してあげよう。

2021-05-12 段ボール開梱






電源、入ったよ

    2021年12月、 在宅勤務に使う夢と時空の部屋も当然冷えますが、 朝の1時間ほどエアコンを入れて暖めれば、 その後は ハリクラフターズS-20R の真空管9本で夜まで暖かく過ごせました。 けれど2022年年明け ヤマハA-501 のサービスをしているときは、部屋は寒いまま。 トランジスタアンプでは暖まらないなあ。 冬はやっぱり真空管だね。 つぎはSherwoodに取り掛かろう。 真空管13本で暖まりたい。

    以前は動作していたのだから、 電源プラグのブレードが酸化して接触が悪くなったとかかな。 はたしてそうだったのか、ブレードを軽く拭いて何回かテーブルタップに抜き差ししてからスイッチを入れると、 フロントパネルのランプが点灯し、15秒ほどしてマジックアイが水色に光りはじめました。 なんだ、簡単に直っちゃった。

2022-01-10 動作開始




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受信周波数が動く?

    同調指示管EM87のライトブルーの表示の動きもスムースで、 FMもAMも快調に受信できています。 が、不定期にパリパリとノイズが入ります。 キャパシタの劣化でしょうね。 でもそれも数時間動作させるうちに消えて出なくなりました。 再生音は自然ですが、高域の輝きは弱いように思えます。 リキャップすれば良くなるかな。 まあ実用に不足はないので、 そのうち問題化してきたら作業しよう。 いまはこのまましばらく、身も心も温まる暖房器具として使うことにします。

    6時間ほど動作させ、パリパリノイズは出なくなったものの、あれえ? 突然受信できなくなり局間ノイズが。 ダイヤルを合わせなおすと受信できましたが、 その後数分でまた受信できなくなります。 どうも受信周波数がときおりすうっと数100kHz動いてしまうようです。

    局発周波数が変動しているのかな? そうだとすれば原因は何だろう、 局発同調回路に入ったキャパシタの劣化、 あるいは局発発振管のスクリーン電圧がバイパスキャパシタのリークで変動してしまうとか、かな?

2022-01-10 受信周波数の変動を確認




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シグナルジェネレータだ!

    調べてみると、周波数が動いているのはチューナではなくてシグナルジェネレータのほうでした。 2000年ころにジャンク屋で買って22年間使っているシグナルジェネレータ、 とうとうイカれたか。

    FMで周波数を88MHz以上にセットしたときに、周波数がふらりふらりと数100kHz変動してしまいます。 幸いに30MHz以下では安定していますので、 ダメになったのは78MHz〜110MHzを出すFM帯用のシンセサイザ部分であるようです。 サービスマニュアルも回路図もなくて修理は無理だろうなあと思いつつ内部を見てみますが・・・ とても直せる気がしないなあ。 さらにいろいろ試してみて、あれれ? 無負荷なら周波数は安定しているよ?

    どうやら原因の半分はS-2100チューナ側にもあって、 シグナルジェネレータ出力を直接S-2100のアンテナ端子につなぐと症状が発生するようです。 直接に接続するのではなくて4.7kΩの抵抗を介してつなぐと周波数は安定しています。 470Ωでは症状発生。 100pFのキャパシタなら、いまのところ大丈夫なようす。 S-2100のアンテナコイルの関係なのでしょうかね。 ともかくMSG-2161は続投可能なようです。 ただし、ひょっとするとFM帯のRF出力レベルは狂ってきているのかもしれませんけれど。

2022-01-11 問題はMSG-2161出力をS-2100に直接接続したときに発生することを確認




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軽整備

    修理を要するようなものではないことが確認できて一安心。 軽整備をしておきます。

    まずはダイヤルの周波数ズレ。 実際の受信周波数とダイヤル読みが0.7MHzほどずれています。 局発回路の経時変化によるズレなのかどうかは未調査。 お手軽に糸掛けドライブコード上でのダイヤルポインタの位置をずらして合わせ込みました。

    つぎにダイヤル操作時のスキール音。 位置掛けドライブのアイドラプーリーとプーリーシャフトとの間での摩擦音でした。 ごく少量の注油で無音になりました。

    シャシーはゴールド仕上げですが表面の参加はかなりひどく、乾拭きや洗剤での洗浄ではきれいになりません。 ピカピカに仕上げる気もなく、ホコリ落とし・汚れ落としのみ。

    EM87の表示部分を含む各真空管のガラス管面を乾拭き。 本機の真空管にはすべてスチール曲げ加工のシールドが取りついていました。 当初入手したときにいったんシールドを外し、外したシールドは部品ビドマの中に入れっぱなしでした。 今回26年かそこらぶりに元通りにシールドを取り付け。 あれ、2本足らないなあ。 どこいったんだろう。

2022-01-11 軽整備






1962年のFMマルチプレクスステレオを楽しむ

    1962年モデルの真空管FMステレオチューナだなんて実際のところどうなんだろう。 アンプでは言うまでもなくいまも真空管は現役ですし、 アンプは真空管に限る! という熱烈なファンの方が大勢いらっしゃいます。 けどね、FMステレオチューナですよこれは。

    この時代、 アメリカではすでに19kHzパイロット信号によるマルチプレクス方式がFMステレオの標準方式として採択され、 大都市には複数のFMステレオ局が運用され、 このS-2100のような高級FMステレオチューナが発売されていました。

    いっぽう日本で1962年といえば、まだFMステレオの試験放送も始まっていないころです。 メーカー製のFMステレオチューナなどないに等しく、 既存のFMチューナを改造して組み込むための後付けデマルチプレクサユニットが売られていたりした時代。

    本機では、 音質のカギを握るFM復調回路にはレシオ検波が、 そしてステレオデマルチプレクサにはバランストデモジュレータが使われています。 これは民生用FMステレオ受信機技術の第一世代といっていいでしょう。

    そしてそれは、 シンセサイザもなければデジタル音源もない、素朴な音楽ソースしかなかった1960年代のオーディオ機器です。 低価格でもPLLデマルチプレクサやデジタル復調が当たり前の現代のモデルに太刀打ちできるとは思えず、 デジタル音源デジタル編集が当たり前の現代のソースを鳴らし切れるかどうかは疑問があります。

    けれど聴いてみると、どうして立派にきちんと鳴ってくれます。 音質はナチュラルだし、低域も豊か。 セパレーションは良好で、音像もくっきりしています。

    1960年代にはなかった強力で複雑な逆位相成分をたっぷり含むソース - たとえば美有耳虚無頭さんの"Keep On Loving You" - C-CLAYSさんのアルバム「幻想天舞」 のトラック4 - は、 1970年製の日幸電子STA-301 ではまともに復調できませんでしたが、 S-2100はじゅうぶんに美しく響かせます。 TR-i のアルバム "No World Order"から"Property 1.0"も全く問題なし。 これでもか的にベースが大レベルで20Hz近くまで落ちる LOGICAL EMOTIONさんのアルバム"Touhou Project pops arranged instruments" のトラック7、"亡き王女の為のセプテット" も腰砕けにならず鳴らし切ります。

    さらに驚くべきは、AMラジオの音の良さです。 フロントパネルのAM選択度切り替えスイッチをWIDEにすると、 選択度は-6dB帯域幅が±15kHzに広がり、 とてもAMとは思えない音で音楽を楽しめます。 シンバルやハイハットがきれいに聞こえるAMラジオなんてそうそうないよ?

    しかしAM WIDEだと、夜になって近接周波数の混信を受け始めると、 とたんに9kHzのビート音に悩まされることとなります。 よっぽど強い局を聞くのでない限り実用的ではありません。 この場合はAM NARROWポジションに切り替えることによって、-6dB帯域幅が±5kHzになり、 近接妨害から逃れることができます。 ただし高音の伸びは普通の音の良いAMラジオ程度になりますが。

    ちなみに本機はリアパネルに90度可動式のバーアンテナを持ちます。 バーアンテナの外装は厚手の紙の成型品と見えて、 ここは時代を感じさせます。





デジタル真空管

    さすがに真空管だよ、このチューナ、本当にいい音がする! でもそんな話をしだすと、 そうだろう、FM聴くならやっぱり真空管に限るよな! なんて言い出す人もいるかもしれませんねえ。 けどね、ちょっと待ってくださいな。 確かにFMのオーディオ出力は双3極管12AU7でデエンファシス増幅されていますが、 音質のキモのFM復調器 - レシオ検波回路に使われているのは、 6AL5のような真空管ダイオードではなくて、 ゲルマニウムダイオードなんですよ。 FMステレオデコード用のバランストデモジュレータ回路だって、 使われているのはゲルマニウムダイオードが4本。 このチューナの音は、半導体の音なんです。

    本機が段ボールの地下下層から発掘された半年前の2021年05月にあらためて内部を観察したとき、 馴染みのない真空管がいくつか使われていることに気がつきました。 いわゆるテレビ球というやつですね。 私は今まで真空管FM受信機というのもほとんど触ったことはなかったし、 真空管テレビにも手を出したことがなくて。 で、その中でどうやら本機のFM検波に使われているらしい6BN6という球に興味を持ちました。 テレビのFM音声検波用に開発されたもののようですが、すこし調べるとこれはかなり特殊な球らしいです。 調べる途中でとても興味のある本があり、すぐに注文しました。 けど… あれ? 2冊買っちゃった。 だれか要りませんか? お安くしときます、3000円でいかがでしょう。

2021-06-19 書籍購入 Hollow-State Design - The art and Science of Building with Thermatrons / Grayson Evans TA2ZGE/KJ7UM





    で、半年以上たってその本を読み、6BN6のことを詳細に勉強し始めます。 いやー知れば知るほど、 この真空管、面白いや。 正確な記述はほかにあるから、ここでは概要を自分なりにまとめてみましょうかね。

    6BN6はゲーテッドビーム管と呼ばれる、ほかに類を見ないタイプの真空管です。 カソードから放出された電子は集束電極でビーム形成され、 アノードに向かって加速されながら発射されます。 カソードとアノードの間には2つの制御電極があり、 両方の制御電極が正電位のときだけ電子ビームはアノードに到達してアノード電流が流れます。 制御電極のどちらかが負電位のときはビームはアノードには到達せず、したがってアノード電流は流れません。 制御電極の電圧とビーム通過/遮断の関係はきわめて非線形で変化は急峻。 つまりアノード電流は少ないか多いかのアナログ的変化ではなくて、 流れるか流れないかがはっきりしています。 これはつまりON-OFFのスイッチング動作なわけで、 それを制御するゲートが2つあるわけですから、 ちょうどANDゲートのロジックICのような動作をします。 これはもうデジタル真空管と呼んでもいいのではないでしょうか?

2022-01-14 6NB6の動作を勉強




    右の図は、6BN6を輪切りにした断面を示した構造図です。 図の下にあるカソードから放出された電子は板状の電子ビームを形成し、 図の上方に向かって進みます。

    図の左側は第1制御格子が負電位の場合です。 電子は第1制御格子の負電位によって減速され、制御格子の手前に滞留します。 反発されたひとつの電子がUターンして加速電極に戻ると、 それにつられてほかの電子もUターンし始め、なだれ的な連鎖反応が起きて電子流はすべて戻ってしまうことになります。

    図の中央は第1制御格子が正電位の場合。 電子流は第1制御電格子を通過し、 レンズ電極によってふたたび板状のビームとなり、 加速格子(G2)によって加速され、 第1制御格子を取り囲むセクションからビームとして発射されます。 しかし第2制御格子(G3)が負電位のため、やはりそれを通過することができません。

    図の右側は制御格子のいずれもが正電位の場合。 電子ビームは第2制御格子を通過してアノードに達し、アノード電流となります。





    この特徴を生かして、このゲーテッドビーム管をFM受信機の検波器に使います。 第1制御格子 - 第1ゲート- には中間周波信号 (IF) を入れます。 ON-OFFの伝達特性をもつために、IFが正のサイクルだけビームが第1ゲートを通過し、 負のサイクルのときは第1ゲートを通過できません。 IF信号の電圧の大小には関係なく、ただその信号の正負でビームのON/OFFが決まるので、 IF信号の振幅が一定に制限されます。 これがゲーテッドビーム管による振幅制限作用 - 「リミッタ動作」あるいは「クリッピング動作」 - です。 第1制御格子はこの目的に使われるので、リミッタ・グリッドと呼ばれます。

    リミッタグリッドを通過した電子ビームは第2制御格子の手前で滞留して空間電荷層 - スペースチャージ - を作り、 第2制御格子にはスペースチャージの量に反比例した正の電位が誘起されます。 ここで第2制御格子に共振回路をつないでおくと、 スペースチャージから静電誘導を受けた第2制御格子はつながれた共振回路の固有周波数で発振動作を始めます。 つまり第2制御格子は電子結合発振回路として動作していることになります。

    この共振回路の共振周波数を、IF信号の平均周波数 (=電子ビームのON/OFF周波数) になるように調整しておきます。 静電結合を介しているので、 第2制御格子の発振波形は、電子ビームのON/OFF周期に対して90度 位相が遅れています。

    ここでIF信号の周波数が第2制御格子の共振周波数よりも高いときは共振回路がキャパシティブになって第2制御格子電圧は90度よりも多く遅れ、 IF信号の周波数が第2制御格子の共振周波数よりも低いときは共振回路がリアクティブになって第2制御格子電圧の位相遅れは90度以下になります。 このようにして、IF信号の周波数によって、第1制御格子の電圧と第2制御格子の電圧の位相関係が変化します。

    このゲーテッドビーム管は第1制御格子・第2制御格子がいずれも正のときにのみアノード電流が流れるわけですから、 両者の位相関係が変わると「どちらも正になっている期間」の時間的長さが変わるので、アノード電流の平均値が変化することになります。 最終的に、「第1制御格子の周波数の高低によってアノード平均電圧が高低する」こととなり、 FM信号を復調できたことになります。

    この方式は90度位相がずれた信号と比較合成する = 元信号と直交するベクトルとの比較合成をする = 方式なので直交検波、 クワドラチャ検波と呼ばれます。 6BN6においては第2制御電極はこの用途を意図したものなので、 第2制御格子をクワドラチャ・グリッドと呼びます。

    6BN6で使われている電子結合発振回路によるクワドラチャ検波方式は、 1939年にブタペストの Imre Zakarias によって発明されました。 それはペンタグリッド・コンバータ管 (周波数変換用7極管) の第3グリッドを使うものであり、 その後「ザカリアス・スペースチャージ・ディスクリミネータ」として研究が進みましたが、 リミッタ作用は持っていないために良い成績は出ず、普及しませんでした。 6BN6はゲーテッド・ビーム管のもつ強力なリミッタ効果とザカリアスのクワドラチャグリッド検波を1本にまとめた管だ、 といえます。





    6BN6は1本でリミッタ・クワドラチャ検波・低周波増幅の動作ができるのでテレビの音声復調用として広く使用されましたが、 いっぽうでFMラジオに使用されたケースはあまり見かけません。 さほどには音質を重視しないモデルならレシオ検波をリミッタなしで使えばいいだろうし、すでにAM受信時用の低周波増幅段もあります。 レシオ検波には双2極管6AL5を使えばよく、それは6BN6の3分の1のコストです。 音質向上のためにリミッタとして6BA6を追加したとしても、それで6BN6 1本と同じ値段。 6BN6を使うべき理由には乏しいですね。

    1949年に上市された6BN6ですが、日本では1956年になってもまだ6BN6は国産化できていませんでした。 3本の動作を1本でこなすといっても、高価な輸入管を使っていたらコスト削減はとうてい無理だったでしょう。 国産6BN6ができあがったころにはすでに半導体ダイオードが使われ始めていて…といった具合だったのではないでしょうか。 国産テレビで国産6BN6が活躍した時代はさほどには長くなかったはずです。

    さらに、これは自分で試したことがないので推測なのですが、 6BN6のクワドラチャ検波や、6DT6のロックドオシレータ・クワドラチャ検波は、 音質はあまり良くなかったのでしょう。 音質が明らかにレシオ検波を凌駕するなら、それを駆逐していたでしょうからね。





    FM復調に使われるフォスター・シーレー検波回路は、周波数変化 (FM) に応じた出力信号を出しますが、 ほぼ同様に振幅変化 (AM) に応じた出力も出してしまいます。 なので、外来ノイズの妨害を受けにくいというFMの利点を出すためには、 必ず検波段の手前でリミッタを通して振幅を一定にする処理を行わなくてはなりません。

    フォスター・シーレー回路を改良した形といえるレシオ検波は、原理的にAM成分をキャンセルする構成になっていますが、 完全とは言えないので、やはり事前にリミッタ回路を通しておくことが望まれます。

    FM受信機でのリミッタ回路は、中間周波増幅の最終段をオーバードライブ動作させることにより実現できます。 多くの場合これに適した球として6BA6が用いられます。

    S-2100の場合は、FM検波回路はゲルマニウムダイオードによるレシオ検波。 また中間周波第2増幅段がFMリミッタとして動作しています。 これだけで十分にFMは復調できるでしょうが、S-2100では6BA6リミッタのあとにさらに6BN6を入れて、 第2リミッタとして動作させています。 AM成分による妨害や音質劣化を極力排除しようという狙いなのでしょう。

    S-2100では6BN6のリミッタ動作だけを使いますから、第2ゲートであるクワドラチャゲートは使われず、 グラウンドに落とされて固定されています。 6BN6をリミッタあるいはクリッパとして使う場合、クワドラチャゲートをアノードと等電位にすれば、最大出力が得られます。 いっぽうクワドラチャゲートをグラウンド電位にしておくと、出力は低くなってしまうものの、 よりクリーンカットなクリッピング動作が得られます。 S-2100は、一般的なFMラジオの回路に対して6BN6を追加することによってハイレベルのFM音質を実現した、 といえるでしょう。

    FM中間周波信号が6BN6を通っているということは、 この部分で音声情報はアナログ値ではなくて、振幅一定のパルス列で表現されているということになります。 つまりこれは、デジタルオーディオ、ですよね?






磨いておいてやるか

    パリパリノイズが出始めました。 やっぱりもう一度ケースを開けて、今度はシャシー底面カバーも開けておいて、 診断と修理をしよう。

    ケースを開ける工程で何べんか本体を動作させたまま横倒しにしたり逆さにしたりしましたが、 その都度ノイズの出具合 (発生頻度) が変わります。 キャパシタなどの素子故障よりも、どこかの接触不良の可能性が高いですね。

    じゃああそこは直しておこう。 FMステレオ出力アンプの12AU7。 ここの真空管ソケットに接触不良があることは分かっていました。 真空管をゆするとノイズが出ます。

    ので接点清掃。 あわせ、オーディオ出力のRCAピンジャック外周部も磨きました。 内部ピンは接点洗浄剤を入れて細いドリルの歯で軽ーく磨き。 よし、ノイズは出なくなった…か、あるいはまた隠れたか。

    この12AU7 双3極管はステレオ音声出力アンプですが、デエンファシス処理もここで行われています。 本機はアメリカのメーカーによるアメリカ国内向けモデルですから、 FM放送のデエンファシスにはアメリカ仕様の時定数が使われているはずです。 デエンファシスネットワークは回路図上で素子定数が明記されておらず、 セラミックパッケージに複数の素子が封入されたモジュール部品として実装されています。

    このため日本国内のFM放送を聞く場合はすこし違和感が出るかもしれませんね。 実際にはコントロールアンプでちょっとTREBLEトーンコントロールをいじってやれば済む程度なので、 神経質な楽しみ方でない限り気になりません。

2022-01-15 12AU7ソケット清掃





次はここから

    数時間のオペレーションでノイズがパリパリと出ました。 とはいえやはり連続的に出るわけではないので、 追いかけるのは難しいですねえ。

    ノイズはステレオのセンターに位置しています。 で、今度は6GH8がソケット部で接触不良を起こしているようですね。 真空管をゆすると、同じようなノイズが出ます。

    ソケットの受けターミナルを接点洗浄剤と細いドリルの歯で軽く研磨し、 真空管のピンも細かいサンドペーパーで酸化被膜落とし。 元に戻すと、今度はゆすってもノイズは出ません。

    ところでこの6GH8、手持ちのS-2100の回路図にはそんな真空管は使われていません。 調べてみると、どうやらS-2100は途中で2回のランニングチェンジを受けているようです。 てもちの回路図には "Serial Number D21001 and Up" と書かれているので、 それより若いシリアルナンバーの「初期型」が存在していることをに示唆しています。

    さらに、ネットでほかのS-2100の写真を見てみると、 シリアルナンバーがD2xxxx台のもので回路図通りの真空管が使われています。

    これに対してラボのS-2100はシリアルナンバーが"D3xxxx"台。 おそらく「後期型」なのでしょう。 D2xxxxの「中期型」とは使われている真空管が違うだけではなく、 シャシーレイアウトも一部異なります。

2022-01-15 6GH8ソケット清掃





    S-2100のブロックダイヤグラムを描いてみました。 中期型と後期型で違うのは、どうやらステレオデマルチプレクサ周辺です。 S-2100はSherwood初のステレオマルチプレクス回路搭載のFMチューナです。 出たばかりの技術、最初の量産回路。 次のモデルチェンジを待たずに改良が入る、日進月歩の時代だったのでしょう。

    「後期型」の回路図は手に入っておらず、目の前の実機の配線をつぶさに追いかけてもいません。 回路アーキテクチャまでは変わらず、使用真空管の変更と部品レイアウトの変更、 それに細部の定数変更くらいのものなのだろうと推測しています。

    6GH8はシャープカットオフ5極管と中増幅度3極管が入った複合管で、 中期型の6AU8Aを置き換えています。 6GH8の5極管部は、19kHzアンプとして使われています。 6BN6リミッタを通過したパルス状のFM中間周波信号を、 ダイオードレシオ検波器に入れる前に電圧増幅してあげるのが目的。 つまりここを流れているのはアナログ信号ではなく、 6BN6で波形整形されたパルス列。 いっぽう、6GH8の3極管部は曲間ノイズを消すためのハッシュコントローラとして使われています。 ここは入力IF信号レベルが低いときに6BN6の出力をシャントして消音するのが役目。 強信号受信中や、ハッシュ抑制を効かないように調整してある場合は、この3極管は止まったままです。

    この部分は、テレビ用の球として6GH8が大量に使われたから、 コスト削減を目的として球種を変更したのかもしれません。

    6GH8のソケット清掃の後すでに12時間以上、ノイズの発生なくS-2100は鳴っています。






60年後に響く美しいステレオ

    一日中プレイしているとときたまノイズが出ることがあり、しかしそれは長続きしません。 どこかになにかがある、 でもそれを追うことはできず。 またノイズが出た! と思ったらそれはシグナルジェネレータと本機をつないでいる同軸ケーブルやコネクタの接触不良だったり、 あるいはシグナルジェネレータそのものの動作不良だったり、 オーディオケーブルの接触不良だったりと、 確実に本機に起因すると思われるノイズは1週間のあいだ確認できませんでした。 完全復帰しているとしてよいでしょう。

    Sherwood社初のデマルチプレクサ搭載のFMステレオチューナ、 実用機としてまったく問題なくいい音で鳴ってくれます。 しかもラインオフ後60年も経過しているのに故障らしい故障もなく動作しているというのは驚くばかりです。 品の良いアイボリーのフロントパネルを清掃し、作業完了。

2022-01-23 作業完了





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