Sony TC-K333ESG
Stereo Cassette Deck
(1989) |
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ソニー TC-K333ES-G。
1989年製の3ヘッドカセットデッキです。
型番の"3"が示す通りメインストリームラインアップで、上位機種に555ESGがありました。
いまこうしてこのデッキがここにあるわけですが、はたしていつどのようにこれを手に入れたのだろう。 新品で買ったものではありません。 それは間違いなし。 1989年は自分の社会人生活が安定して、 生まれて初めてのコンポーネントステレオを新品で買ったころです。 コンポーネントステレオといってもソニー リバティV725。 アンプやグライコやカセットデッキは別体シャーシになっているものの、 セットで使われるのを前提とした、 分離式モジュラーステレオ (変な言い方ですね) でした。 それが当時自分にできる贅沢だったので、 そのころの単品コンポであるTC-K333ESGはきっと電機店の店頭で見かけたことはあったのでしょうけれど、 手の届かない夢として意識から遠ざけていたのだと思います。 2001年のラボの写真にこのデッキが写っているし、 2011年に書いた YAMAHA MT4Xのページ には 「第3研究所にはずいぶん前に中古で買ったSONY TC-K333ESGを持ち込んでいて」 と書いているのですが、 いまとなってはどこでいくらで買ったのかも、 あるいは本当に自分で買ったのかも覚えていません。 知り合いが譲ってくれたのではなかったっけ? 当時手の届かない夢のようなモデル (販売価格7万9800円) だったこのデッキを中古であっても買えたのならば、 さぞかし嬉しかったはずなのに。 もし1999年04月〜2000年に中古で買ったのだったならば、それはシリコンバレーから帰国したあとで、 全身全霊を投じた夢が破れた喪失感から抜け出せておらず、 喜びの記憶が残らなかったのかもしれません。 2011年01月に開設した第3研究所で暮らし始めた直後は、夜は特に何もすることのない寝るだけのような生活でした。 それでもカセットデッキとしてK333ESGを持ち込んで、カセットテープライブラリのデジタイズ作業を進めていました。 そんな2011年08月02日、K333ESGが完全に故障。 再生スイッチを押してもヘッドアセンブリが動きません。 動きか渋くなってしまったのか、それともベルトか。 デジタイズ作業用のカセットプレイヤーの任務は YAMAHA MT4X に譲り、 K333ESGは第3研究所の隅で9年間放置されていました。 2011-08-02 TC-K333ESG 故障 ヘッドアセンブリ動かず |
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2011年の新型コロナ騒ぎ、基本的に在宅勤務の指示が出たので、
中央研究所の資材保管室をオフィス化する作業を始めるとともに、
往復のたびに第3研究所の機材類を毎回100リットルバッグに積み込んで中央研究所に引き揚げ作業。
秋口には不動のままだったK333ESGも
ティル
のリアシートに乗って中央研究所に戻ってきました。 それから約半年経過。 ナショナル5球スーパー の整備を終えて、次は・・・ ダンボールの山の上に載っていたK333ESGが目に入り、 そうだね、そろそろ直してあげようか。 |
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仕切りで3分割されているシャーシの向かって左側にはトランスポート制御のデジタル回路が入っています。
使われているプロセッサは三菱 MELPS740。
Apple IIのプロセッサであるMostek6502の組み込み専用拡張版のマスクROMバージョンです。 データシートを読むと、RAMはゼロページ前半に160バイト・・・ スタックを含めて、全部でたったの160バイトしかありません。 データシートにはサブルーチンネスティングは最大80レベルが可能と書かれていますが、 ちょっとまってよ、80回ネストしたらメモリのすべてをリターンアドレススタックで使い切っちゃって、 データはたったの1バイトも記憶できないだろうが。 機器制御用にI/Oポート・A/Dコンバータ・D/Aコンバータ・タイマ・PWM・シリアルI/Oなどを持ち、 それらのI/Oアドレスはすべてゼロページ後半部に割りあてられています。 マスクROMは6kバイト。 Apple IIでしばらく6502プログラミングを楽しんだ直後 だったので、猛烈に親しみがわきました。 発表から10年も経った6502アーキテクチャが使われていたとは驚きですが、 シンプルなメカテープデッキとテープカウンタを制御する程度であれば6502とメモリ160バイトで行ける、 ということなのでしょうね。 |
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夢と時空の部屋に転がっていたテストテープは
ソニー スタジオ1980
のテスト用に録音したものだったのでモノラルだし、
当時の最高級モデルであったとはいえHi-Fiとは言えない周波数特性。
音質をテストするためにも、まずはこのデッキで録音してみないとね。
しかし、録音機能も故障しているようすです。 本機は3ヘッド機です。 リアパネルのLINE INジャックからオーディオ信号を入れてフロントパネルのスイッチをSOURCEにすれば、 録音をスタートしなくてもフロントパネルのバーグラフレベルメータが振れるはずです。 しかし、DOLBYスイッチが DOLBY B MPX FILTER ON ポジションならびに DOLBY C MPX FILTER ON ポジションではメータは振れるのですが、 DOLBY OFF ポジションではメータが反応しません。 さらにDOLBY BポジションならびにDOLBY Cポジションでは、 しばらく正常に反応したかと思うとふっと反応がなくなってしばらく無反応になったり。 動作が不安定です。 とりあえずメータが反応しているDOLBY B MPX FILTER ONモードで録音してみましたが、 テープの再生音にはひどいハムが重畳しています。 2011年08月に故障して修理待ちになったとき、 それはヘッドアセンブリが動かないというメカ故障でした。 それまで再生機能は正常に動作していました。 だから、再生機能の故障 - トランジスタQ511の故障は、 9年8ヶ月の非通電保管中に起きた故障です。 録音機能の故障も同じようなものかもしれません。 ただし2011年はほとんど再生専用機として使っていましたから、 そのころに壊れていたという可能性もありますけれど。 |
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まずはドルビースイッチポジションによってメータが反応しない件。
問題の挙動は左右チャネルに同時に発生しますから、
再生回路の故障と同様に、ドルビープロセッサのモード切替え制御がうまくいっていないのでしょう。
Pin38の挙動は正常と思えるものでしたが、
Pin5の挙動は不安定だし、サービスマニュアルに記載されている電圧レベルとも大きく異なります。 Pin5制御ラインの電圧を引き下げるトランジスタQ527を切り離すために、 抵抗R541の足を浮かせました。 試してみると正解だったようで、ドルビースイッチがどのポジションにあっても正常にレベルメータが振れます。 CALスイッチの機能を殺したことになるので応急措置ですが、 まずはこの状態でテストを続けます。 2021-04-04 録音回路 ドルビーポジションによって入力に反応しない R541をカット 録音動作開始 |
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しかしこんな基本的なことに気づかずにいたとは。
おそらく作業開始したときは-10V電源は正常に-10Vを出していて、
作業を進めるうちに故障が発生したのでしょう。
回路図を見ると本機はシステムコントロールボード上にデジタル系電源回路を、
再生アナログボード上にアナログ系電源回路を持っています。
アナログ系電源はプラスマイナス10Vの両電源で、
同一の回路構成で独立したプラス10V電源回路とマイナス10V電源回路を持ちます。
回路構成はシリーズドロップ型ですが、トランジスタを4石使い、
温度変化にも安定とになるよう配慮されています。 さてこの-10V安定化電源回路が-15Vを、 おそらく入力電圧をそのままドロップさせることなく出してしまっているとすれば、 考えられるのは・・・ まずは基準電圧発生用ツェナーダイオードの基準電圧を見るようですね。 オシロのプローブをツェナーにフックしようとしたら、 ぐしゃっという手ごたえとともに、ツェナーダイオードの足が折れました。 うわあ。 近くの電解キャパシタ振動対策用の充填剤による化学攻撃を受けたか、 電解キャパシタからの液漏れあるいはガス漏れによってか、 ツェナーダイオードのリード線が腐食していたのでした。 今回修理開始当初はそれでも導通があって、-10Vを出せていたのでしょう。 |
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シリーズドロップトランジスタはTO-220パッケージの2SA985で、
小さな放熱器に取り付けられており、筐体内で自然空冷されています。
トランジスタの最大コレクタ電流は-1.5A。
電源回路としては小ぶりなものですね。
カセットデッキの小信号を扱うだけですからこれでも十分に余裕があります。 左右対称にレイアウトされた+10V電源のツェナーダイオードのリード線も表面酸化あるいは腐食の兆候は呈してますが、 -10V電源回路のそれほどではないので今回は手を付けず、 -10V電源回路だけを修理することにします。 ツェナーダイオードと周囲の部品 - 抵抗1本と電解キャパシタ2個 - を取り外し、 基板の部品面・はんだ面の両方を軽く研磨清掃して、 新品部品を組付けます。 ・・・といいたいところなのですが、 ツェナー電圧6Vのツェナーダイオードの在庫はありません。 470uF 65WVの電解キャパシタの在庫もないし、56kΩ 1/4Wの抵抗もありません。 なので、470uFは220uF 50WVを2個並列にして、56kΩは22kΩと33kΩを直列にして。 ツェナーダイオードの代わりには、発光ダイオードを使いました。 手持ち品の赤色1個と黄色2個を直列にしたらちょうど5.95V程度になりましたのでこれで行きます。 組みあがった電源回路の出力は-9.0Vでぴったり安定。 電圧フィードバック抵抗の抵抗値を変えて-10Vに合わせこむのが本来ですが、 安定していれば-9.0Vでもまあ行けるでしょう。 そのうち6Vのツェナーダイオードが手に入るまでこれでいこう。 暫定ながら修理ができた-10V電源でデッキを動作させてみると、 おお、ハムはいっさい混入せずにきれいに録音できています。 やったね! 2021-04-04 -10V電源回路修理 |
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しかしそれにしてもね、この高級カセットデッキの電源トランスは非常識な大きさ!
1980年代終わり、いかに多くのオーディオユーザが
「大きな電源トランスを持っていれば高級機」という認識を持っていたかということでしょう。
もちろんそれはパワーアンプであれば総じて正しい傾向だし、
電源インピーダンスを下げたり余裕度を増せば性能は良くなる方だし、
シャシーを重く頑丈にすれば振動に対しても強くなるのは間違いはないでしょうけれど・・・
さすがにこれはやりすぎですね。 ここまでくると一般消費者をバカにしているのではないかとも思ってしまいます。 でもそれは多分逆で、 一般消費者がとにかくでっかくて重いトランスがついているモデルを喜んで買っていくので、 販売戦略上そうせざるを得なかったのだろうと思います。 いずれにしても、ほとんど必要もないのに無駄に大きくて重いトランスがシャシーの中央にデン! と据え付けられているこのカセットデッキ、いかにも高級機でかっこいいよ! |
これで本機の自慢、キャリブレーション機能が使えるようになったはず。
お宝の新品メタルテープの封を切って、
ドルビーCで、かつドルビーHX PROもONにしてキャリブレーションを行い、
かつ録音バイアスは高域増強設定にして録音します。
さあ、1989年のカセットデッキの実力をみせてもらおう。 REC CALIBRATIONのバイアス調整ポテンショメータにはわずかなガリがあったようですがすぐにスムースな調整ができるようになりました。 再生してみると・・・ これが本当にカセットの音? ソースと全く区別がつかない、とまでは言い切れませんが、 静かな部屋で効く程度の音量でスピーカで効く限り、 リーダーテープと磁気テープ部が聞き分けられないほどにヒスノイズは抑えられています。 ワウフラッタはまったく気にならず、 シンバルやティンカーベルの高音域は自然にすっきり伸びていて、 ベースが強い部分でも中高域は濁らず。 |
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考えてみればこのデッキ、
手にした後にテープに録音することはなく、
昔のテープを聴くこと専門に使っていました。
だから3ヘッド機ならではのキャリブレーション機能も、
DOLBY Cも、DOLBY HX PROも、事実上一回も使ったことがなかったのです。
今回初めて、K333ESGの本来のパフォーマンスを聴かせてもらったということになります。
1990年代初頭、経済力のある人はこんないい機材でカセットを楽しんでいたのですね! ヘッドフォン出力も正常に動作。 ヘッドフォン出力の残留ノイズは皆無といってよいレベル。 フロントパネルにヘッドフォンボリュームがあるので、 最小信号経路でのストレートな音を聞くこともできます。 ただし私の場合は耳の特殊な特性のためにトーン補正をかけていない状態では音楽を楽しむことはできず。 わたしにとってはあくまでもモニタ用のジャックです。 2021-04-11 メタルテープでフル機能録音テスト |
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本機は、フロントパネルは傷も多くはなくきれいな状態ですが、
トップ/サイド一体のスチール製ケースカバーは塗装の荒れ、また細かなサビが目立ちます。
普段は目につかないシャシーとボトムカバーはというと状態はさらに悪く、
みっともない、に近い状態。
シャシーは一度臓物をすべて取り外して清掃し、スプレーを拭いてしまいたいところです。 さすがにそれは手間なので、いまはボトムプレートだけアクリル塗料スプレーを吹いてしまいましょう。 オリジナル高忠実レストアをされる方からすれば邪道中の邪道なんでしょうけれどね。 2021-04-20 ボトムパネル 黒色アクリルスプレー塗装施工 |
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