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Portescap
Vibrograf B200

(1968)




Vibrograf B200

    近所の時計屋さんからの依頼で修理完了し納品した 富士電子工業IC-70タイムグラファ につづき、 2台めの依頼はスイスPortescap社の Vibrograf B200 。 IC-70とおなじく、 機械式腕時計の進み遅れを瞬時に計測する機械です。 設計は1968年で日本製のIC-70よりも一回り古い機械ですが、 その動作原理はIC-70と全く同じ。

    この機械は業者さんから入手したそうですが、当初から作動せず。 どうもピックアップ ― 腕時計ムーブメントのチクタク音を聞くためのマイクロホン ― が壊れているらしく、 IC-70のマイクがつなげられるといいんだけれど差し込みの形が違うんだよ、という案件。




    付属していたPortescap mp86ピックアップのケーブルをVibrograf B200本体につなぐコネクタは、 スイスLemo社の丸型プッシュプルコネクタ。 サビも表面酸化もない新品同様のコネクタで、 後に交換されたのかと思いましたがそうではなく、 当初から、つまり50年以上経過したコネクタのようです。 しかしこのコネクタ、 差し込みはとてもスムースだし、 一度差し込めばロック機構のおかげですっぽ抜けないし、 抜こうと思えばスリーブをスライドさせれば簡単に抜けます。 ものすごくいいコネクタ! こんないいコネクタが世の中にあるんだ、 ウチの設備もすべてこのコネクタに置き換えたいなあと思いましたが、 いまでも新品が売られているもののひとつ5000円近いお値段。 うひゃあ、これは高級すぎる。 ラジオ本体よりも高くつくよ。





ピックアップを調べる

    マイクが壊れているっぽいとのことでしたが、 それならおおかたコネクタ直近部でのワイヤーハーネス内断線か、 そうでなければスイベルスタンド部での接触不良でしょうね。

    ピックアップボディを開けてみると、 スイベル部はこれはまた高級で上等な作りです。 しかしマイク本体は、なんだか小さな素子。 ダイナミック型マイクロホンを期待したのですが、 これは圧電素子でしょうか。

    この状態でスイベルスタンドからピックアップコネクタまでの導通をテスタでチェックしてみると、 導通は安定しています。 問題はどうやらピックアップ本体にあるようです。




    ピックアップ本体から直接信号を引き出して オシロスコープ で信号を見てみると、 たしかに振動を検知して電圧が出ているのが観測できましたが、 腕時計の振動くらいではほとんどノイズに埋もれてしまうほど微弱です。

    ひょっとしたらこれはエレクトレットコンデンサマイクロホンなのかもと思って乾電池と制限抵抗で直流電圧を印加してみましたが、 出力しベルに変化はありません。




    どんな検出素子なんだろうと思って精密ドライバでその素子に軽く触れたら、 素子は簡単に崩れてしまいました。 どうやらこれは圧電素子あるいはバイモルフ素子のようです。

    ネットで調べるとこのPortescap製ピックアップは多くが故障してしまっているらしいことがわかりました。 この素子の経年劣化のせいなのでしょう。 このピックアップの修理実績がある業者さんがフロリダにあることを見つけましたが、 工賃は安くはないでしょうねえ。

    なにか代わりの物でもないかなと考え、 ワークベンチ脇にあるジャンク小物の箱を見てみると、 そうだ、これはどうだろう。 圧電サウンダがひとつありました。 もう25年以上経つのだと思いますが、誰かからもらったクリスマスカードの中に、 開くとクリスマスの歌が流れるカードがありました。 中に入っていたのは小型のオルゴールICと圧電サウンダ。 そこだけ取り出して、ジャンク部品箱の中に放り込んで取っておいたのです。

    崩れてしまった素子を取り除き、 圧電サウンダを仮止めしてみると、 感度は悪いながらクォーツ腕時計のステップモータの音を拾えています。




    暫定組付けの圧電サウンダでは感度が今一つです。 もともとの素子が取りついていたアルミプレートにどのように音が伝わるのか調べるために、 腕時計あるいはムーブメントを直接クランプする爪の部分を分解して、仕組みを見てみました。

    右の写真の手前に見えているのは小型のダイナミックマイクエレメント。 けっこういい感じで時計の音を拾えたのですが、みのむしクリップを外すときに壊れて、 ボイスコイルが切れてしまいました。 もうひとつはNoobow9200コンピュータの壊れたインテルマザーボードについていた小型の圧電サウンダ。 ケースに入っているために腕時計の音は拾えず、 素子を取り出そうにもエポキシでポッティングされているために不可能。




    時計の音を拾う仕組みがわかりました。 腕時計またはムーブメントを挟む爪のうちピックアップ本体に固定されている側の2本は、 ひとつのベースプレートから生えており、 2本の爪はアルミダイキャストのケースからシリコンラバー製のスリープで浮動しています。 爪のベースプレートにはアルミプレートがねじ止めで固定されていて、 そのアルミプレートの上に検出素子 ― おそらくバイモルフ素子 ― が接着されている、 という形式。

    適当かつ安価なバイモルフ素子はちょっと調べた限りでは市販されていないようです。 やはり現状では、圧電サウンダ作戦がよさそうです。 しかしクリスマスカード圧電サウンダは外径が大きすぎて、 ハウジング中央部分のスイベル機構接合部と干渉してしまいます。 なので、ひとまわり小型の圧電サウンダを発注しました。





基準周波数を調整する

    注文した部品が届くまでの間、 軽整備をしておきましょう。 とはいっても本機は以前に日本国内でプロ級のサービスマンによる整備が入っており、 内部の汚れも少なく、なによりすべての機能が正常に動作しています。 基準周波数の点検くらいかな。

    筐体向かって右側奥側には基準周波数発振回路と分周回路の基板があります。 本機はクォーツ式腕時計の登場に先立って1960年初頭に登場した音叉式腕時計の測定にも使える配慮がしてあります。




    本機の基準周波数は10.560kHz。 基準周波数発振回路は1枚のプリント基板に構成されています。 使われている水晶発振子はご覧の通り円筒形の大型のもの。 発振周波数の微調整はしっかりしたエアトリマキャパシタで行います。 トリマはステータもロータも真っ黒に酸化していますね。




    周波数カウンタ で測定してみたところ、発振周波数は10.5598kHzでした。 誤差0.2Hz。 24時間で2秒のズレに相当します。 機械式腕時計の校正用として十分な精度が出ている、といえるでしょう。

    トリマをほんのわずかに回して、 10.5600kHzにしました。 温度変化で±0.05Hz程度は変化してしまいますが、 そんなものでしょう。





コネクタアダプタをつくる

    富士電子工業タイムグラファ用のピックアップをつなぎたい、 というのが当初の要望でしたので、 コネクタの工夫を考えます。

    最初は単にコネクタを置き換えればいいと思っていましたが、 LEMO社のコネクタは除去するにはもったいなさすぎます。 Portescapの純正ピックアップの復活を願ってオリジナルのコネクタはそのまま残すことにします。

    LEMO―標準フォノジャックのアダプタを作ればいいのですが、 LEMOのコネクタは先にも述べたように高価すぎ。

    では素人臭くなってしまいますがピグテイルで追加のマイクジャックを引き出せばいいのですが、 いまひとつきれいに引き出せる隙間がありません。 リアエプロンにドリルで穴をあけるのもためらわれるし。

    ピックアップコネクタの左側にRCAピンジャックがありますが、 これはオプションのテープリローラに電源を供給するためのもの。 テープリローラは使わないでしょうから、 このジャックをピックアップコネクタに改造してしまいましょう。




    ピックアップ (マイクロホン) アンプは1枚の基板に構成されています。 回路図は入手できていないのですが、 マイク入力をディスクリートトランジスタの差動増幅回路4段で増幅した後、 レベル判定とワンショットトリガを行っていると思われます。

    この基板ではすべてのトランジスタがEIAJ品番の日本製のものに交換されています。 またマイク入力カップリングはもともと電解キャパシタだったはずですが、 小型のタンタルキャパシタに交換されています。

    他の基板でも多くの電解キャパシタが日本製のものに交換されています。 手はんだの取り付け方法(寸法合わせのためのリード線継ぎ足し)を見るにとてもきれいな仕上げです。




    仮の圧電サウンダピックアップを使ってマイク入力のピンを確認中。 本機のプリント基板はすべてプラグイン方式ですが、 カードエッジコネクタなどではなくて、 マザーボードに一本一本植えられた勘合ピンとユニット基板側の勘合ピンがかみ合う方式。 本機はオプションで拡張機能の基板モジュールを簡単に追加できる設計になっています。




    このボードの半田面には、 おそらく出図日と見られる日付がありました。 1968年11月19日。

    すでに前年1967年にはスイスのCEH社が世界初のクォーツ腕時計のプロトタイプBeta1を開発、 1969年には世界初の市販クォーツ腕時計セイコーアストロンが発売されます。 腕時計の精度が、本機Vibrograf B200の精度に匹敵することとなりました。




    リローラ電源接続コネクタの配線を切り離し、 ビックアップの配線を並列に接続。 これでRCAピンプラグで音声信号を入力できるようになりました。

    暫定の圧電サウンダを組み込んだピックアップをつないでテスト。 うまく打点できています。

2023-03-13 リローラ電源コネクタをピックアップ入力コネクタに改造


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コネクタアダプタをつくる

    注文した部品が届きましたのでまずはRCAピンプラグ―標準フォノジャックの変換アダプタをこしらえました。

    タイムグラファIC-70用のピックアップは納品して返してしまったので、 標準フォノプラグをもつKORGのギター用ピックアップでテストしてみます。 腕時計の音を拾うには感度は低すぎますが、 Vibrografはかろうじて打点動作をしてくれています。 誘導ノイズはさほどに拾っていないと見えて、 これは好ましい結果。

2023-03-17 本体ピックアップコネクタ改造 コネクタアダプタ製作




    増設ピックアップコネクタを使って打点テスト。 うまく打点できています。



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圧電サウンダ案で確定

    小型の圧電サウンダが入荷したので、 Mp86ピックアップ内に組み込み。 ただしくスイベル機構が動作する状態で組み込めました。

    感度はそれまでに使っていた大径の圧電サウンダとあまり変わらず安堵しましたが、 それではやはり本来の性能感度は得られていないことになります。




    Torgoen T-1を腕時計屋さんに整備のために預けてきたため、 ラボには明確な機械音を出す腕時計がありません。 タイムグラファIC-70をテストしていた時と同じ方法で小型スピーカをピックアップに取り付け、 シグナルジェネレータで作った矩形波で鳴らしてみると、 タイムグラファでテストしていた時と同じようにティック音を拾ってくれています。 これで実用になるといいのだけれど。

2023-03-18 小型圧電サウンダ組み込み




    もうずいぶん古いモデルになってしまったけれど、 自分のお気に入りの腕時計 シチズン NAVIHAWKでテスト。 この時計には秒針がなく、ふだんはほとんど機械音がしません。 このデジアナ時計にはデジタル表示を見やすくするために一時的に長針・短針を12時位置に強制的に移動するモードがあり、 その状態にしたときはサブダイヤルの分針が1秒おきに進む・戻るを繰り返します (指針強制リトラクト状態にあることを示すため)。 このとき、サブダイヤルのステップモータが1秒間隔で動きます。

    試してみると、小型圧電サウンダを組み込んだピックアップはなんとかステップモータの音を検出できています。 実際の機械式腕時計はこのNAVIHAWKのモータよりも大きな音がしますから、 たぶん行けるんじゃないかな。 これで納入しよう。

2023-03-21 CITIZEN NAVIHAWKでテスト



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納品

    まあIC-70用のピックアップは使えるようになったわけですし、 修理依頼者の時計屋さんに納品。 小型圧電サウンダに置き換えたピックアップを試してもらうと、 本来よりはすこし感度が落ちていますが、 多少の感度マージンをもった上でしっかりティックを捉えています!! 直った!!

    これで富士電子工業タイムグラファIC-70とPortescap Vibrograf B200の2台が、 職人さんのもとで古い機械式腕時計の修理に活躍できるようになりました。 がんばってね!!

2023-03-25 納品



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