Go to NoobowSystems Lab. Home

Go to Back To Life Again

Hattori Tokeiten / Fuji Denshi Kogyo
IC-70

Timegrapher
(1972)

服部時計店 / 富士電子工業
IC-70 タイムグラファー
(1972)




タイムグラファ―

    近所の時計屋さんに腕時計の電池交換をお願いしたら、 こんな機械の修理を依頼されました。 富士電子工業 IC-70 タイムグラファー。 機械式腕時計の進み・遅れを測定する装置です。

    実は以前にもこの機械の修理を依頼されたことがあって、 回路図は見せてもらって動作原理は理解できたのですが、 その時は依頼は受けず。 その後この機械の製造メーカーである富士電子工業のOBさんに修理が託され、 無事直ったとのことでした。

    ですが最近ふたたび具合が悪くなったもののOBさんはもう作業を受けなくなり、 修理のあてもなく半ばあきらめかけている、とのこと。 もし直るようなら・・・という依頼です。

    こちらはこの機械のことを何も知らない門外漢の素人です、 直せるという保証はできませんが見てみましょう、 と引き受けました。

2023-03-05 IC-70 修理依頼





動作原理

    本機の内部には大きな回転する円筒があります。 その円筒には斜めに1本の針金が巻き付けられていて(そういうイメージでお考え下さい)、 円筒の回転数は水晶制御によってきわめて正確な回転数で回っています。

    円筒表面の軸方向に沿って金属製の棒があります。 この棒は電磁石によって円筒に叩きつけるように動くようになっています。 本機はマイクロフォンを使って腕時計のテンプのカチコチ音を捉え、 音がするたびにこの棒を円筒に叩きつけます。

    機械式腕時計は内部のテンプの振動によって時を測る装置ですが、 このテンプの振動数はあらかじめ決まっています。 1970年代の腕時計は1秒間に5回テンプが動くモデルが多かったようです。 そのような時計の場合、この機械は1秒間に5回、 金属製の棒が円筒に叩きつけられます。 斜めに針金が埋め込まれた円筒と金属の棒の間にインクリボンと紙をはさんでおけば、 腕時計のテンプが音を立てた瞬間の針金の位置に、インクの色が残ります。

    円筒の回転数をテンプの振動数と同じかあるいは整数倍にしておけば、 いつも紙の同じ位置にインクの色が残ります。 しかし腕時計テンプの振動周期が円筒回転数の周期よりもほんのわずか速かったり遅かったりすると、 インクが残る位置は円筒表面の軸方向で右に行ったり左に行ったりします。 紙をテープ状にして一定速度で送るようにしておけば、 正確な時計なら一直線のインク痕が残り、 進む時計なら右上がりの直線が、 遅れる時計なら左上がりの直線が現れることになります。 この線の傾き具合で、 時計が進むのか遅れるのかそれともほとんど正確に時を刻むのかがわかる、という仕組みです。

    言い換えれば、この機械は腕時計の歩度を装置内蔵の水晶発振器と比較し、 その歩度の差を機械的に紙テープの上に表示する装置、 ということです。

    本機では回転する円筒はスパイラルローラ、 電磁石で動く金属製の棒はノッキングレバーと呼ばれます。



    紙テープの送り速度はスパイラルローラ回転に同期しています。 インクが打たれた (打点された) 記録線の傾きがそのまま時計の歩度の進み・遅れを示します。 装置には記録線にあわせて回せる透明な読み取りダイヤルがあり、 線の傾き具合から直接何秒進む・遅れるが読めるようになっています。

    本機のテープ送り速度は標準と低速の2段切り替えで、 低速にしたときはテープ速度は正確に半分になり、結果として同じ歩度でも傾きが倍になります。 そのため読み取りダイヤルには標準の"T"と低速の"U"の目盛りがあります。 右の写真の例では、テープ速度が標準にセットされていたなら、 「1日に25秒進む」ことを示しています。 黒文字の"F +"が「進む」側、 赤文字の"S -"が「遅れる」側を示します。

    なるほど、もしこの機械がなかったら、 時計が遅れているのか進んでいるのかを知るにはラジオの時報に針を合わせ、 次の日のおなじ時間のラジオの時報の瞬間に何秒違っているかを調べることになりますから、 とても非効率的な作業。 独立開業するときに投資した最高の仕事道具だったんだよ、 とその時計屋さんがおっしゃる意味がよくわかります。




故障内容

    さて本機の故障は、「18000のときにローラが回らない」という内容です。 "18000"とは腕時計の振動数 (ビートレート) のことで、 1時間に1万8000回テンプが動くタイプの腕時計のことを表します。 1時間は3600秒ですから、振動数18000というのは1秒に5回テンプが動く時計、 ということです。 1970年代の腕時計はほとんどが18000振動のものでした。 その時計屋さんは古い時計の修理がメインですので、 18000が使えないのではこの機械は使えないというのとほとんど同義なのです。

    本機のフロントパネルには計ろうとする時計に合わせて振動数を切り替える4ポジションのロータリースイッチがあります。 このスイッチが18000ポジションにあるときにスパイラルローラが回らない、ということ。 逆に言えばそのほかのポジションではローラは回る、ということです。





回路図を読み返す

    前回2014年に修理の問い合わせを受けたときに回路図の分析を行ったときの自分のノートを読み返しながら、 回路図を見てみます。 今回は問題の性質からして、 スパイラルローラ駆動の仕組みを優先して調べました。

    本機のスパイラルローラはシンクロナスモータで駆動されます。 シンクロナスモータの駆動周波数はモータ回転数の倍です。 本機の基準周波数は10.560kHz。 水晶発振回路で生成された10.560kHzを、 振動数設定に応じて分周し、正確なモータ駆動周波数を得ます。 振動数28800 / 14400のとき48Hz、 19800のときに 55Hz、 36000のときと 21800 / 18000のときは60Hzが生成されます。 36000ポジションと18000ポジションでは分周回路の動作は同じです。

    む、36000ポジションと18000ポジションでは分周回路の動作は同じということは、 18000でローラが回らない問題が起きているときに36000なら回るのであれば単純にロータリースイッチの接点不良。 18000で回らないときに36000も回らないのなら、分周回路の動作不良ということになります。 時計屋さんは36000ポジションを使うことはなかったので、 36000で回るかどうかは気にせず、試してもみなかったのでしょう。 まずはそのチェックを行いましょう。





どこが悪いのだろう

    IC-70の電源を入れると、 すぐに問題が再現しました。 たしかに18000でローラが回らない。 そしてそのとき、36000でも回りません。 19800にするとすぐにローラが力強く回りだしました。 28800にしてもきちんと回ります。 これはスイッチの接触不良ではなくて、 分周回路の問題だ。

    しかしスイッチを18000のままにしておいたら、 じきにローラが回り始めました。 36000でも回っています。 不安定さがあるらしく止まりかかったこともありましたが、 じきに全ポジションでローラが回るようになりました。

    これはやはりスイッチの接触不良かなあ。 それとも電解キャパシタの劣化が起きていて、 通電とともに再化成が起きてキャパシタの機能が復活しつつある? 症状は発生している・発生していないが明確に分かれるので、 キャパシタの劣化で起きるものとは思いにくいです。 でも60Hzポジションだけで起きるというのは、 キャパシタ等の素子劣化で、 駆動周波数が高いときに回路余裕度が不足して・・・という可能性もあります。 もしシンクロナスモータドライバモジュール内部の性能劣化故障だとしたらコトだ、 代わりの部品なんか手に入らないんじゃないかな。

    ともかく症状は消えてしまいましたので電源を切り、休ませて再発を待ちましょう。 再発したら分周回路出力・シンクロナスモータドライバモジュール入力の信号を見て、 どちら側に問題があるのかを切り分けるのが次のステップです。


ぜんぜんちがう

    いよいよ筐体を開けて中身を見てみます。 本機の両サイドにある台形ウッドパネルは実はプラスチック製でした。 なかなかいい感じでできてるね、 外すまでわからなかったよ。

    向かって左側のパネルを取り外すと、制御基板が見えました。 ん? 水晶発振子が2.703360MHz? それに使われているのはDIPのICだぞ? 回路図ではCANパッケージのICのはずなのに。 よく見ると、 IC-70N と書かれています。 これはびっくり、回路が取扱説明書とぜんぜんちがうじゃん!!

    でも落ち着いてよく見てみると、 たしかに回路は違うけれど、 回路の基本コンセプトはほとんど変わっていないように見えます。 水晶発振子周波数はオリジナル設計では10.560kHzですが、 本機実機の2.703360MHzはそれの正確に256倍です。 水晶発振を行う1個のDIP ICに続いて2個のDIP ICがあり、 ここで16分周を2回行い、 10.560kHzを得ていると見えます。 10.560kHzをチェックするためのテストピンも設けられています。 基準周波数を高く取ることによって、 改良型IC-70の周波数精度はオリジナルよりもぐっと良くなっていることでしょう。

    それにつづく分周回路は、 使われているICがすべて異なるので完全再設計ですが、 でも回路コンセプトはほとんど同等のようです。

2023-03-05 改良型IC-70Nであることに気がつく




    さらフロントパネルのネジを1本外すだけで、 プリント基板を取り外せました。 基板はなんと両面基板です。 ただし表面・裏面をつなぐスルーホールビアはありません。 部品面の接続は1箇所1箇所手作業ではんだ付けされています。

    オリジナル機の回路を理解した上でその再設計機だという視点で見ると、 ああそうか、ふんふん的に各部品の機能が見えてきます。 やはり設計コンセプトは変わっていない。 それまでのIC・・・三洋電機のICなのかも・・・を使うのをやめて、 すべてテキサスインスツルメンツSN74シリーズ標準ロジックICを使って再設計したのに違いないですね。 これは朗報。 74シリーズならいまでも新品で部品が手に入ります。 標準品を使うことのメリットは50年後に大きく生きる。

    使うICを変えたことに伴い、ロジック回路系の電源電圧は初期型の4VからIC-70Nでは5Vに変わっています。

    使われているICには72の製造マークがあり、 水晶発振子には47.5の文字が入っています。 本機の製造は1972年(昭和47年)の5月以降であることがわかります。 いっぽうで本機付属の取扱説明書にも47.5 2000の文字が見えます。 さらには時計屋さんの言によれば 「このモデルが発売されてすぐにこれを買った」 とのこと。 はて、では初期型から改良型へのランニングチェンジはいつ行われたのでしょう。

    ひょっとしたら取扱説明書に描かれている回路図は試作型のもので、 だけれども水晶発振回路の精度やシンクロナスモータドライバの誤動作などの問題が続いて、 量産に向けてロジックICファミリ切り替えも含めた再設計が急遽行われた、 のでしょうか。 この手の機械に詳しい機械式腕時計愛好者の方ならご存じなのかも。




    作業し始めたときは整備性の悪そうな機械という第一印象でしたが、 全然そんなことはありませんでした。 手順がわかってしまえば、ねじを5本緩めるだけではんだごてを使うこともコネクタを外すこともなく、 基板の両面全面にアクセスしながら装置の全機能を試験調整できます。 すばらしい整備性!!

    電源トランスを使った電源回路には大きな平滑電解キャパシタが2個、 本体内部に設置されています。 ELNA製だったら無条件交換対象だなと思ったのですが、 幸いに松下電器製。 これは安心できます。 この先20年は大丈夫かも。 いい部品を選びましたね、 富士電子工業さん。

2023-03-05 回路目視チェックを開始





モータ駆動信号を見てみる

    初代IC-70とランチェン機IC-70Nでは、 シンクロナスモータドライバモジュールも別物です。 しかし基本的なコンセプトは同一と見えます。 分周回路からモータドライバモジュールへの接続を追いかけると、 初代では1本のアナログ線だけだったのに、 IC-70Nでは2本の互いに反転したクロック信号に変わっていました。 なるほど、1本のアナログ波形では外部からのノイズや強力な妨害電波で誤動作してしまう危険性がありますが、 相互に反転したロジックパルスなら外来妨害を受けても同相の入力になりますから誤動作の危険性が大きく減り、 安心・安全ですね。

    ここを オシロスコープ で見てみると、 モータードライブ信号の周波数は初代取扱設計書にあるのと同じで、 48 / 55/ 60Hzです。

    テストをするうちに症状発生。 やはり18000振動ポジションでスパイラルローラが起動しない症状が出ているときは、 この信号が出ていません。 問題があるのは分周回路側であり、 シンクロナスモータドライバモジュールは正常です。 これは朗報、標準TTLを使った分周回路ならどこが壊れてもどうとでもなる。

2023-03-06 モータドライバは正常





故障個所を絞り込む

    いじっているうちに、安定して故障状態が継続するようになりました。 ありがたい、どこが痛いのか言ってもらわないと診断がつかないからね。

    シンクロナスモータ駆動信号を引き出して、 すぐ近くで動いている 真空管アンプ につなぎ、 スピーカで音を聞けるようにして故障個所特定作業を始めます。 正常時にはスピーカから60Hz矩形波のブザー音が聞こえるはず。

    症状からしてクロック分周回路の60Hz生成にかかわるところに問題があるのは明らかなので、 そのへんを重点的にチェック。 消しゴムえんぴつでの加圧に敏感に反応する場所がみつかりました。 ただし回路上は関係ない離れたところを押しても反応するので、 基板のわずかなたわみで接触状態がかわるようです。

2023-03-06 故障個所特定作業開始




    加圧テストで敏感に反応したICは、 SN7400N 標準TTLロジックシリーズの4回路入りORゲートです。 写真に見える右側下側のあたり、8ピンから12ピンのあたりに接触不良、 もしくはIC内部でのボンディング外れ等がありそうです。

    本機に付属してきた取扱説明書の回路図と本機実機の回路は大きく異なりますが、 回路構成コンセプトはほとんど初代を踏襲しているように見えます。 基板パターンを正確に追ったわけではありませんが、 このICの写真右側下側に見えている3番ゲートは2つの入力が直結され4番ゲート出力をバッファするようになっていて、 右側上側の4番ゲートが60Hzポジションの時にだけ動作するような構成になっています。 3番ゲート・4番ゲートが動作不良になれば、 60Hzポジション (18000振動ポジション) のときだけ装置動作に支障が出るはず。 触診での観察と実機の故障パターンは整合していて説明がつきます。

    7400ならいまでも容易に入手可能だし、 ラボにも新品在庫があります。 IC不良が確実なら交換してしまえばOK。

    7400の足は硫化も進んでいるし、 端子間の汚れも目立ちます。 はんだクラックの可能性が大ですが、 汚れとエレクトロマイグレーションによるショートの可能性もあります。




    このICの端子の硫化を除去して周辺を清掃したところ、 60Hz出力不能の症状は消え、 スパイラルローラは毎回安定して回るようになりました。 む、 周波数カウンタの修理 のときと同じように「ハブラシで磨けば直る」パターンなのかな? いやそんなことはないだろうなあ、 きっと一時的に接触不良が回復しただけなんだよ。

2023-03-06 分周回路IC端子清掃





これが真因なのかもしれない

    この装置が数年前にサービスを受けたとき、 その症状は「打点しない」で、 打点回路のロジックICがひとつ交換されていました。 マイクアンプ出力パルスを一定幅に整えるためのワンショットトリガを構成するICです。 そのICも、今回問題が出ているICの近くにあります。

    今回問題が出ているICは、ほかのICに比べあきらかに汚れが多く、 端子の硫化が進んでいました。 なぜだろうか? と考えてみると、 このICのちかくに、 紙テープ送りシャフトを駆動するためのドライブトレインがあります。 ドライブシャフトのウォームギア部からごくわずかに微小な油滴が発生して、 近くにある基板とICを汚染したのでしょうか?

    そんな気もするし、 たまたまなのかもしれないし。





回転速度を点検調整する

    ビートレート18000設定で安定に動作しはじめたので、 ローラ回転数をみてみます。 周波数カウンタ をシンクロナスモータ駆動信号につないでみると、 安定して周波数が読めました。 IC-70はビートレート18000に設定してあるので、 モータ駆動信号は60Hzぴったりが正解。 わずかに遅くなっているようですね。 その差は221マイクロヘルツ。 これは1日に0.31824秒の狂いに相当します。

    これは機械式腕時計の調整にはまったく文句ない精度ですし、 そもそも使っている周波数カウンタの基準周波数はアマゾンで買った中華製TCXOのそれですから、 このズレは周波数カウンタの確度によるものなのかもしれません。 まあ50年前の発振器と2年前の新品中華製TCXOのどちらがより確からしいだろうか? と考えて、 発振回路のトリマキャパシタをごくわずかに回して、 IC-70の周波数を60.000000Hzに調整しなおしました。

    基準周波数発振回路や分周回路でパルスの歯抜けがあるかも? と思い周波数変動のようすをしばらく観察しましたが、 周波数に不安定な変化はみられません。 しかし周波数は電源変動後ゆっくりと変化します。 温度による周波数変化はあるようですね。 ±20マイクロヘルツ程度は変化してしまいます。 これは時計の精度に換算すると1日に±0.03秒に相当します。 まあ装置の使用目的を考えれば十分すぎる安定度でしょう。

    ビートレート19800 28800ポジションでもそれぞれに対応する周波数が得られていますので、 分周回路も正常に動作しています。

2023-03-06 基準周波数発振器周波数調整





動作テスト

    スパイラルモータが安定して回りだしたので、 本機で実際に腕時計の進み遅れを測ってみます。 ・・・と行きたいところですが、 弊研究所には機械式腕時計は1本もありません。 すべてクォーツ駆動の針式時計。 針を動かすためのステップモータが、1秒に1回、コチッと音を立てます。 機械式腕時計に比べてビートレートが5分の1、あるいは8分の1なわけですね。 それでもIC-70で試してみると、 時計の音に合わせてノッキングレバーが軽快に音を立てて、 打点間隔は開くものの、きれいに一直線に打点が続きます。 マイクアンプも、ワンショットトリガも、ソレノイドドライバも、 ノッキングレバー駆動ソレノイドもすべて動作しています。

    実際の機械式時計をつかうのではなくて、 シグナルジェネレータで5Hzの矩形波をつくってちいさなスピーカを鳴らし、 そのスピーカをマイクユニットに取り付け、IC-70に聞かせてみました。 おお、いい感じで腕時計の代わりになります。

    右のムービーはビートレート36000設定、 1秒間に10回テンプが動く時計を模擬して10Hzの矩形波を与えてみたところ。 1日に60秒進んでしまう時計を模擬して、 シグナルジェネレータ出力周波数は10.00694Hzにセットしてあります。 まっすぐな線が右上がりで記録されていますね。 この時計は時の刻みは安定していて、だけれども「進む」時計だ、 ということが一目瞭然です。

    この機械は紙テープ送り速度を2段階に切り替えることができます。 "T"ポジションが通常の測定、 "U"ポジションでテープ送り速度が半分になり、記録される打点軌跡の傾きは倍になります。 "U"ポジションでは進み遅れの偏差を倍の感度で検出できるわけですね。 右のムービーは"U"ポジションで動かしています。

2023-03-07 測定テスト開始




    本機の使用には消耗品として紙テープとインクリボンが必要です。 オーナーさんは一回使った紙テープを捨てずにとっておき、 裏返しに巻き戻して再利用しています。 紙テープはいまでもレジのレシート用かなにかで代替品が手に入りそうですが、 インクリボンはいまや貴重品ですね。 浪費は慎まなければなりません。 なのでテストではインクリボンを巻き戻しておなじ部分を繰り返し使います。 当然打点は不鮮明になってしまいますけれど。

    オーナーさんは1970年代の古い機械式時計の修理が本業なので、 18000振動でテスト。 いっぽう現代の機械式時計の主流はハイビートと呼ばれる28800振動のモデルですから、 28800振動でもテストしました。 それぞれ偏差ゼロ、1日に10秒進む、1日に60秒遅れる、の3パターンの時計を模擬して動作させてみました。 狙い通りに記録できています。

    19800振動はテストしませんでしたが、 シンクロナスモータ駆動周波数は狙い通りになっているので、18000や28800と同じく問題ないはずです。




    18000振動で「1日に60秒遅れる」時計を模擬してみましょう。 1日は60秒×60分×24時間ですから86400秒。 1日に60秒遅れる時計では60少なくなってこれが86340になります。 18000振動の腕時計ではテンプ5振動で1秒とするわけなので、 5をかけて431700チック。 これは1秒あたり

431700 ÷ (24 × 60 × 60) = 4.996527777・・・

ですから、4.996528Hzの音をIC-70に聞かせればよいことになります。 結果は右。

    読み取りダイヤルの平行線を記録打点軌跡に合うように回転させ、 テープ送り速度はノーマルの"T"に設定してあるので "T"の目盛りを読むと、 IC-70は「この時計は1日に1分遅れる」ことをズバリ示しました。 よしよし!!

2023-03-07 測定テスト 結果良好





やはりはんだクラック

    18000振動でスパイラルローラが回らない現象が再発しました。 やっぱりね、端子清掃作業で接触不良が一時的に回復していただけだったのでしょう。 はんだクラックに間違いない。

    はんだ吸い取り線を使って古いはんだを除去し、 フレッシュなはんだで部品面を再はんだしました。 はんだ面の端子もはんだこてを当てて再溶融させました。 これで完調なはず。 2〜3日、ローラ起動チェックを繰り返しましょう。

    これでやはり問題が出るのであれば、IC不良と診断できます。 急速冷却スプレーがあれば診断が早くにつきそうですけどね。 スプレーもってないし。 買っておこうかねえ。

2023-03-07 動作不良再発 再はんだ付け処置実施





マイクアンプをテスト

    マイク入力から打点機構までの動作は前回故障時に富士電子工業OBによってサービスされているということでしたし、 実際に動作していますが、 念のため点検しておきます。 今回作業開始時の点検で打点濃度調整とマイク入力ボリュームのポテンショには酷いガリが出ていたので、 そういった箇所は前回のサービスではチェックされていないようでしたから。 ポテンショは今回すでに接点洗浄剤を使って清掃し、ガリは解消されています。

    本機にはイヤホンジャックがあって、マイクで拾った時計の音をイヤホンで聞けるようになっています。 イヤホンジャックにアンプをつないで、スピーカで音を聞いてみると、 マイクジャックにひどい接触不良があることがわかりました。 断線状態になると誘導ハム・ノイズが大きく聞こえます。 きちんとつながっていればバックグラウンドノイズはわずかです。

    マイクプラグは古いスタイルのものでした。 このまま使い続けてもいいのですが、 標準フォーンプラグの新品がラボに在庫があったので、 それに交換します。

2023-03-08 マイクプラグ新品交換




    本機のイヤホンジャックは、IC2段増幅のマイクアンプ出力から0.0022uFのキャパシタを介して引き出されています。 そのためハイインピーダンスのイヤホンを使わなくてはなりません。 現代のローインピーダンスイヤホンあるいはヘッドフォンでは小さな音しか出ず、 また打点回路への入力も下がってしまいます。

    また0.0022uFというちいさいキャパシタを介しての取り出しなので、 イヤホン出力のオーディオ音質は強いローカットになっています。 それでも真空管アンプとスピーカを使って聞くと、 クォーツ針式腕時計の駆動音がはっきりクリアに聞こえます。 異常なノイズやスクラッチもなく、ゲインは十分、 ボリューム調整つまみの動きもスムースです。

    微小な信号を取りあつかうマイクアンプなので使われている電解キャパシタは全交換するべきかなとも思いましたが、 時計のチック音は正確に拾えているので、 現状ママとしました。 この先マイクアンプが不調になったとしたらその時に交換すればいいし、 原因が増幅用アナログICの故障だったとしても新しいアンプICで代替回路をつくって組み込むことも可能でしょう。

2023-03-08 マイクアンプテスト





動作テスト継続

    数時間おきに電源を入れてローラが起動するかチェック。 毎回確実に起動してくれています。 通常使用シナリオとして測定テストもつづけましょう。 今度は「周期的に進む・遅れるを反復する」時計を模擬。 秒針の軸の偏心や曲がり・歯車の変形などのために秒針の位置によって負荷が変わって、 秒針の1回転の間に進み・遅れが変化してしまう時計を模擬する、 みたいな感じ。

    SIGLENT SDG-2122Xシグナルジェネレータを使って

  • 基本周波数 5.000000Hz 方形波 出力1.1Vp-p
  • FM変調 周波数偏移0.005Hz (周波数が±0.1%変化する = 最大で1日に1分26秒4の進み遅れ)
  • FM変調周波数0.02Hz (=50秒で1周期変化する)

  • をつくり、スピーカで鳴らして、IC-70のマイクに聞かせてみました。



        結果はこちら。 きれいに進み・遅れが変化していること、 平均の歩度は正確であることがわかります。 打点はきれいで、ノイズも入っていません。 マイクプラグ修理で測定も安定しました。

        機械式腕時計は、その姿勢によって進み・遅れが変化します。 腕を下ろしている、腕を机の上に置いて書類を扱っている、時計を外して机の上に置いている。 IC-70の取扱説明書には、その時計のユーザの使い方を考えたうえで姿勢ごとの進み・遅れを測定し、 そのユーザにとって最良の結果になるよう調整せよ、と書かれています。 「お客様は時計は右腕におつけになるんですね、お仕事は机に座っての事務でしょうか? そのとき時計は外されますか?」 なんて尋ねながらチューニングを取るとしたら、これはプロの仕事ですね。




    修理完了

        3日間の動作テスト、電源スイッチを入れるたび確実にローラは起動しますし、 動作は安定しています。 IC-70タイムグラファは完全復調、としてよいでしょう。 全機能が正常で、確度も十分に良好。 よかった。

        依頼主の時計屋さんのところには多くの古い腕時計の修理依頼が来ています。 なにも高級ブランドだったり新品同様の美品だったりするわけではないのですが、 若いころの思い出のある自分の腕時計をもう一度使いたい、 あの頃の時計をもう一度使いたいと願う方はそれなりにいらっしゃるのでしょうね。 そんな古い腕時計を良心的な工賃で修理してくれるお店も最近はそう多くなく、 だから依頼が集まってくるのでしょう。

        このタイムグラファと同等の装置はいまならより高精度・高性能になっていますし、 なんなら同じことをやってのけるスマホアプリさえあります。 それでも1972年製のこのIC-70は、 その時計屋さんが若いころに独立開業した際に投資した最高の商売道具であり、 長年辛苦を共にしてきた相棒なのでしょう。 さあ、熟練の職人さんの工房に戻って、 これからも多くの古い腕時計に再び命を吹き込むお手伝いに励んでくださいな。

    2023-03-10 作業完了 納品





    > 次の作業・・・ Portescap Vibrograf B200


    Go to Back to Life again
    Go to NoobowSystems Lab. Home

    http://www.noobowsystems.org/

    Copyright (C) NoobowSystems Lab. Tomioka, Japan 2014, 2023.

    2014-02-03 Page created.
    2023-03-09 Updated. [Noobow9100F @ L1]
    2023-03-10 Updated and published. [Noobow9100F @ L1]
    2023-03-30 Added link to B200. [Noobow9100F @ L1]