待ち望んだ赤ちゃんの誕生。
お産はつらかったけれどなんとか無事に生まれてよかった。
これからかわいい赤ちゃんと暮らせる、大変だけれど幸せな生活が待って・・・いたはずだったのに・・・
赤ちゃんに全く愛情を感じることができず、何をする気も起きず、食欲さえなく、ただ一日中フトンにくるまっていたいだけ。
他のママはちゃんと子育てできているのに、とても私にはそんなことできない・・・パパはこんなだらしないママにきっと腹を立てているでしょう。
赤ちゃんに罪がないのはわかりきっているけれど、赤ちゃんなんて産むんじゃなかった・・・こんなはずじゃなかった。
待ち望んだ赤ん坊の誕生。
幸いに母子ともに健康で、これからかわいい赤ん坊と暮らせる、大変だけれど幸せな生活が待って・・・いたはずだったのに・・・ママの様子がどうも変。
理由もなく取り乱し、なにもかにも不安を感じ、自分で何もすることができない。
ミルクこそあげてやっているようだけれど、あやすわけでもなく、赤ん坊の顔を見ず、部屋の外にも出ず、ただフトンにくるまって一日じゅうベソをかいている。
しかもだんだんとひどくなってくる・・・オレの仕事はめちゃくちゃ忙しくってただでさえ赤ん坊の面倒なんか見てらんないって言うのに、ママは全く役に立たない。
こんなダメ女を妻に選んでしまったのは、やはりオレの間違いだったのだろうか?
赤ん坊に罪がないのはわかりきっているけれど、ガキなんてつくるんじゃなかった・・・こんなはずじゃなかった。
たぶん自分自身あるいは配偶者が実際にそうならない限り、
産後うつ -
PostPartum Depression (PPD)
という病気のことは正しく理解できないものかもしれません。
ああ、それね。
赤ん坊ができるとみんなそうなるのよ。 大丈夫、すぐに良くなるから。 ---- 違うってば!! それはベイビー・ブルー。
あらいやだ、今の若い人はみんなそうなのかしら? 昔はそんな人はいなかったわよ。
生活がとっても大変だったから、そんな甘ったれた母親なんていなかったわよ。 ---- 違うってば!!
昔はどんなに苦しくても気違い扱いされるのが怖くて他人には言えなかっただけだろ。
あるいは本当にどこか人の知らない離れたところに送っちゃったりとか。
ま、ウチにしても異変が無視できない状態となり心療内科に足を運ぶまで、産後鬱というものの理解はほとんどなかったわけです。
私は個人的な興味から
脳と心に関連する本
を何冊か読んでいたし、アメリカ生活の経験もあって
(会社でプロによるメンタル・ヘルス教育が行われたり、精神科によるカウンセリングを受けるのは知的労働者の一種のステータス・シンボルになっていたりする)
保健婦さんに勧められて妻が精神科病棟に行くことに全く抵抗はありませんでした。
が、もしそれをためらっていたなら、状況の理解も正しい対応のとり方もできないまま、ママの負担をいたずらに増大させていたのかもしれません。
事実ママの家族は当初、うつ病患者に対して禁忌とされている対応 ---
怠けていることをたしなめたり、励ましたり、「ケツをひっぱたいてやる気を出させる」的な指導をしたり ---
をとっていましたから、正しく説明しなかったら産後鬱の症状はなお一層ひどくなっていたでしょう。
産後鬱は心的要因(環境的社会的要因)と神経科学的な問題(神経内分泌異常)とが絡み合った病気。 発生率は出産後の女性の15%とも20%ともいわれます。
セロトニン濃度低下に関しては心療内科から抗うつ剤をもらえるにしても、家族として、夫として、この病気にどう対処したものか。
保健婦さんはとても献身的にしてくれるけれど、心療内科の先生には親身なコンサルティングに十分な時間をさいてもらえるでなく、
なんとかクラブとかいう類の育児雑誌にも気が抜けたような記述しかないし、
本屋に行ってうつ病の本を見ても産後鬱はちょっと触れられているだけだし。
生後4ヶ月が経ち、ママと赤ちゃんが実家から来て3人の生活を始めてみると、
ママの産後うつ症状の本当の深刻さを痛烈に感じることとなりました。
昼間はどうにか自分で赤ちゃんのオムツを換えたりミルクを飲ませたりはできているようだけれど、
それ以外はママはほぼ一日中フトンにくるまって丸くなっているだけです。
大好きな本も読まず、音楽も聴かず、テレビも見ず、誰にも電話もせず、むろん部屋から一歩も出ず、ただ丸まっているだけ。
話しかけてもうわの空、それでいて些細なことを極端に心配し、自分で赤ちゃんを抱いて家の外になんか絶対に出られるわけがないと泣きじゃくり、
気分転換させようと赤ちゃんを預けてレストランに食事に連れて行っても、なにも食べず。
買い物に連れて行っても何一つ自分で判断できず、カゴをもって突っ立っているだけ。
完全に人間としての機能を喪失している・・・。
買い物も家事も赤ちゃんを病院に連れて行くのもパパがやらねばならず、
その一方で会社の仕事はますますきびしい状態となり、顧客からも上司からも部下からも無理難題を突きつけられ、
毎晩徹夜してもこなしきれないほどの宿題を抱えたまま、しかし早く帰らないとママの状態がますますひどくなってしまう・・・
このままでは家族全員ダメになってしまう!!
どこかからアドバイスは得られないものかとウェブをサーチすると、日本のサイトにはほとんど役立つものがなかった
(*1)
けれど、
アメリカとイギリス圏にすばらしいサイトがいくつかありました。
英語では産後鬱は英語では
Post Natal Depression
、 米語では
PostPartum Depression (PPD)
といいます。 特に以下のサイト
はすばらしく、ポストパータム・ストレス・センターの女性クリニックにより発刊されている
"PostPartum Husband" - 「産後の夫」
という本をすぐさま注文しました。
わずか数日で届いたペーパーバックを読んでみると、おおお!!
この本には、
妻の産後うつに夫はどう対応すべきか
が書かれているのです!
全149ページのこの本は38章からなっていて、各章は夫のぼやき・・・「みんなそれはベイビーブルーだっていうんだけど本当なのかな?」
「ここんとこ急に、カミさんは何もしないしどこへも出かけなくなっちまった」
「どう励ましても聞いてくんないんだよ」
「もう我慢できねえぞ!」
などという一言で始まり、 解説と対処方法が平易で簡明な箇条書きで並べられています。
状況をどのように理解すべきか、ママがどのように感じ考えているか、とるべき対応、
とってはならない対応、PPDを理解しようとしない人への接し方などのアドバイスがたくさん。
さらには、妻のPPDを早く治すためにはまず、
妻の病気と育児と仕事のプレッシャーによって
夫が自分でも気づかないうちに抱えこんでいる過度な重圧から自分自身を守ること
が大切だと書かれています。
ただし本書は医学書ではありませんから、神経科学的な記述はありませんし、
薬物治療の正しい受け方や心得は書いてありますが精神薬理学的な薬物そのものの記述はありません。
要するにPPDは薬まかせにする病気ではなく、患者にとってもっとも重要な存在である
Significant Other
- つまり夫の理解と努力こそが重要だ、ということです。
本の大半が箇条書きなので、われわれネイティブでない読者にも理解しやすいのも大きなプラス。
で、いくつもあるPPDの症状の記述はウチの場合ほぼすべて該当します。 ううむ、ヨメは実に教科書的な産後鬱患者だったのね。
さらに各章のアドバイスは、まさに私が求めていた答え。
短期間で回復する病気ではありませんのでこのさきしばらく悪路がつづくでしょうが、少なくとも道は間違っていないことに確信がもてました。
このさきしばらく、この本は私にとっての道しるべです。