NoobowSystems Lab.

Scenes and Topics


HONDA GYRO-X

(1986 - 1994)


The HONDA GYRO-X is a unique three-wheeler. Its rear drive unit covered by a black plastic contains 2 stroke 50cc engine, V-matic automatic transmission, mechanical non-slip differential gear and two wide tires. The drive unit is attached to the chassis by a single shock suspension and can be tilted left or right, so that the vehicle can lean like motorcycle while the drive unit keeps upright to the road surface. The tilt joint uses Neithardt rubber dumper which provides counter torque as the main chassis banks deeper. The vehicle has a parking brake lever. In addition to apply a parking brake to the rear wheel, it locks the drive unit tilt joint --- so that the stand can be eliminated.

When it appeared on the market as a variation of Honda's three wheeler series, not so much numbers sold. Somehow, the most of Pizza delivery company started to use Gyro-X as their delivery vehicle. Therefore the GYRO-X is quite often called "Pizza house's bike".

The odometer had already counted more than 4000km when I acquired this fun machine from one of my friends, and it was before the Pizza house's boom.
GYRO-X was quite convenient especially when a big luggage had to be carried. Rishiri Island and Rebun Island (in Hokkaido) tour was extremely fun and was certainly one of the best touring experiences of ours.
The 4 digits odometer counted more than 14000km afterwards, until I had to say goodby to this lovely, durable and fun bike before we moved to the United States.




HONDA GYRO-X

    いまではGYRO-Xはすっかりピザ屋のバイクとして定着していますが、 友人から借りたGYRO-Xに乗り始めたころはまだピザ屋で使われ始めたころでした。 オフロードライダーがスクーターを選ぶとしたらGYRO-Xは数少ない候補でしょう。少なくとも小僧のバイクとは一線を画しています。

    成功したものもあるしそうでないものもあるけれど、 GYRO-Xのようなユニークで楽しいマシンを提案してくれるのは他社にはないホンダの魅力です。
    吸排気系を含む2ストローク強制空冷50ccエンジンとオートマチックトランスミッション、 リミテッドスリップデフそれに2本のリヤタイヤを1つにまとめたドライブユニットは、 シャーシから1本ショックの1本スイングアームで支持されています。 ドライブユニットを路面に平行としたまま旋回時に車体をリーンさせるためにチルト機構があります。 これにはナイトハルトダンパーが使われており、ドライブユニットのロール方向の落ち着きを提供するほか、 車体のバンク角が増すにつれてチルト復元力が非線形に増加していく特性を得ています。 シャーシのバンク角を思い切り深くすると、ドライブユニットが車両軸線に対してわずかにトーアウトする、というのも、思わず唸ってしまいます。

    ステアリングコラム下に設けられたパーキングブレーキレバーは後輪にブレーキをかけると同時にチルト機構をロックします。 この機構により、GYRO-Xではセンタースタンドをなくすことに成功しています。 広いリヤのラゲッジデッキ、フロントのラゲッジキャリア、 レッグシールド内側のポケットと積載力に優れ、大きな荷物を積んでのキャンプツアーも楽々。

    いまでは知る人も少なくなりましたが、GYRO-X派生車であるGYRO-UPの、後輪2輪で大きなラゲッジデッキを支えるコンセプトは、ダイハツハローが先駆車。 バッテリ仕様もあったハローは、もし歴史の歯車の噛み合わせがちょっと違っていたら、 いまごろエコノミーでエコロジーな、おしゃれなシティデリバリ車としてたくさん街中を走り回っていたのかもしれません。

    フューチュリスティックなスタイルのホンダ ストリームでデビューしたホンダ三輪スクーターは、 手軽で軽量なホンダ ジョイ、明るく活発なストリート志向のホンダ ロードフォックスと、ラインアップも揃いました。 結局はオフハイウェイのフレーバーを与えられたGYRO-Xだけが長寿モデルとなりました。

    最新モデルは燃料噴射式4ストロークエンジンを与えられ、デビュー当時とほとんど変わりないスタイルで現役健在。 初代モデルの登場が1982年ですからすでに27年経っているわけで、30周年記念モデルも期待できます。 当時と違うのは、ホンダのカタログでビジネスモデルとしてラインアップされていることでしょうか。

    デザイン上、ウインドシールドがとても似合うのもGYRO-Xの魅力。 小雨は苦にならないし、冬場で足が寒いときはレッグシールド両端の小さなフラップを出してレッグシールドの効果を増すことができるし、 夏場で暑いときはレッグシールドのエアインテークをあければ膝もとに風を取り込むことができます。 こんな仕掛けもまたGYRO-Xの楽しいところ。

    楽しそうなGYRO-Xに乗ってみたいけど、あえて買うほどでも・・・と思っていた1986年、 友人が学生時代に乗っていたGYRO-Xを無期限無料貸与してくれました。こりゃうれしい。

    ウインドシールドは、最初のオーナーが悪友に雪の日に指でいたずら書きをされてしまったとかでわずかな傷が入っており、 夕日を受けるとかの光の加減でスクリーンに突然巨大な※※※※マークが浮かび上がるというとんでもなく愉快なモノでした。 さすがにこれは恥ずかしかったので、新品に交換。

    いちばん興味ある三輪の乗り味はというと、むしろそれをことさら感じさせない味付け。 普通に街中を走るだけなら二輪のスクーターとそう変わりません。 とはいっても、やはり二輪とは違います。
    平坦な舗装路での旋回はさほどの違和感はないものの、直進しようとする後輪に前輪が押し出されている感覚は残ります。 大バンクとなると安心感はかなり損なわれてしまうし、 後輪のグリップが高いために実際無理をするとたいていの場合はフロントのスリップダウンとなり、 回復操作をする暇もなく転倒に至ってしまいます。 そこまで至らないとしても、フロントが一瞬滑ることはよくあります。 私は思い切り転んだことはありませんでしたが、内側の足で力いっぱい路面を蹴って立て直したことは一度ならずあります。 たまにピザの宅配を頼むと肘に包帯を巻いたバイト君が来ることがあり、 「ジャイロでコケたか?」ときくとたいていバツが悪そうにうなづいたりします。

    私が乗っていたのは1983年にマイナーチェンジを受けたモデルで、フロントホイールが10インチに大径化されました。 初期モデルの前輪は8インチで、スタイルとしてのまとまりはよかったものの、あまりに前輪の能力が不足していたのでしょう。
    オフハイウェイ風のスタイリング、軟質路面での強力なトラクションが期待できそうな太い2本のラグタイヤ、 滑りやすい路面でもトラクションを維持できるノンスリップデフとなれば、オフロードや雪道での走破性にも期待してしまいます。 が、残念ながら普通のスクーターにくらべてさほどのアドバンテージはありません。

    ラフロードに入ってまず感じるのは、ライディングポジションの自由度がないこと。 ステップボードとハンドルの位置関係から、腰を浮かして後輪荷重主体に持っていき膝でショックを吸収するということができず、 ばね下の重量が極端に重いため路面の追従性も悪くて、車両任せにすることもできません。 できたとしても路面のデコボコに応じてドライブユニットが激しくロールしてしまうし、 それに応じてトラクションのベクトルが大きく振れます。 そもそもリヤは常に直進しようとするし、パワーもないので、 後輪のバンク角とトラクションのかけ方で曲がるという二輪車の基本が通用しないのです。
    フロントサスペンションはボトムリンクでストロークは短く、 ダンパーもあって無きが如きですから、四輪車のようにフロントタイヤのコーナリングフォースに頼ることもできません。
    結局のところ、ラフロードでは暴れる車体を抑え込む作業が中心となってしまい、ペースはまったく上げられないということになります。 これは未舗装路ばかりではなくて、路面のうねりやわだちの舗装沈下が顕著な舗装路であっても同じことがいえ、車両進路はかなり乱されてしまいます。

    つまりGYRO-Xは、二輪車が本質的に持つ良い面の特性を発揮できず、さりとて四輪車の良い面も生かすことができないのです。 もっともこれはGYRO-Xがというよりも、そもそも三輪車とはこういったものなのだろうと思います。 風変わりで楽しいのは間違いがないけれど。 三輪のATVが姿を消したのは、流行が終わってしまったためではなく、 事故が後を絶たなかったためにアメリカの消費者団体から製造自粛を求められたからでした。

    最高速度は55km/hでしかなく、混合交通のなかで現実的には巡航速度=最高速度といったところです。 流れに乗ることを考えるとエンジンを80ccほどまでにスープアップして原付2種登録であってほしいところですが、 少なくとも当時は3輪は原付1種しか許されていませんでした。し、このままの車体では70km/h出たとしても余裕がなさすぎだと思います。




松原湖-中津川林道 (1988年)

    CRM50とGYRO-Xで一泊ツーリング。 小さいマシンでのツアーですから極力交通量の少ないルートを選びます。 乗り始めて間もないのに彼女は思いのほかセンスよくCRM50を走らせていています。 狭くてツイスティな田口峠の登りでは、きつい登りでのすばやいシフトダウン、十分に引っ張ってからのシフトアップ、 コーナー進入での速度の落とし具合とブラインドでの十分な減速を教えるために私がGYRO-Xで先行していましたが、 途中でCRM50にアウトからかぶせられ、立ち上がりで彼女に抜かれてしまいました。
    帰りは野辺山から三国峠経由。ダートの下りで彼女のCRM50はランクルを抜き、奥武蔵グリーンラインではRX-7を抜いていました。

    二人分の一泊ツアーの荷物を入れたライダーズショップBEETLEオリジナルの大きなバッグをすっきり無理なく積み、 GYRO-Xは初心者のCRM50のエスコートの務めを果たしました。 が、危ないときや分岐が近づいたときに加速してCRM50の前に出て減速を促すことができません。 次はもうGYRO-Xでついていくのは無理でしょう。その週、CRM80を発注しました。



利尻・礼文ツアー (1993年)

    1993年の北海道ツアーは、最初から利尻・礼文を目的地にしました。 島を巡るなら小さいマシンが最高。 しかしCRM50とCRM80では大きな荷物が積めないので、今回はCRM80はお留守番。ファーゴ2号に積んだのはCRM50とGYRO-X。

    天塩のフェリー埠頭にファーゴ2号を停め、マシンを降ろします。 CRM50のミラーを調整し、GYRO-Xにウインドシールドを取り付けて出発準備完了。 2台でフェリーに乗船し、島に渡ります。
    今回はヨメがGYRO-X担当、私がCRM50担当。動力性能に劣るGYRO-Xが先を走ります。 いつも休みの前は決まって仕事が忙しく、マシンの整備もじつは十分とはいえません。 CRM50はエンジンは快調なものの、ステアリングステムの締め付けが悪く、ステアリング中立点でひっかかりがあります。 ファーゴ2号から降ろしてすぐに気づけば軽整備で直ったでしょうが、残念、一通りの整備機材が積んであるファーゴ2号は海の向こう。



    品川区ナンバーのGYRO-Xをみて「すごい! これで東京から来たの?」とヨメは何人かに声をかけられていましたが、 そのたびに期待を裏切るような答えをするのが申し訳なかったようです。

    礼文1日目のスコトン岬は霧雨で寒く、ヨメはGYRO-Xのウインドスクリーンとフラップを出したレッグシールドにずいぶん助けられていました。 翌日の礼文林道はうって変わってご機嫌な、さわやかな晴れ。



    次に渡った利尻はうれしくて泣いてしまいそうなほどのいい天気。 巡航速度50km/hのGYRO-Xのスピードはこんな島を回るには最高! ヨメもニコニコしながら走っています。

    30mほど先を快調に走るGYRO-Xのドライブユニットから、突然きらきら光るものが落ちはじめました。ああっ、またか! 数秒後、GYRO-Xの速度が低下しはじめました。あきらかにパワーを失っています。 ヨメは惰性で走るGYRO-Xをうまく道路端の空きスペースに導いて、「止まっちゃった。」

    そう、これはこのGYRO-Xがもつ病気なのです。 原因は簡単で、キャブレターフロートチャンバーのドレンボルトが緩むのです。 たいていはある程度緩むと突然ガソリンがフロートチャンバーから漏れだし、フロートレベルが下がってエンジン停止。 GYRO-Xは負圧オート燃料コックを持っているので、 フロートチャンバーが空になってエンジンが止まればコックは自動的に閉まるので、それ以上燃料は漏れません。 なんべんも起きたので、ここだけは出発前に思いっきり絞めておいたのですが。

    「安心しな。いつものことだから。すぐに直る。」 私はそう言って、ドライブユニットカバーのM6ボルトをひとつ外し、 プラスチックカバーを持ち上げて、キャブレターが見えるようにしました。 ドレンボルトをマイナスドライバーで絞め直そうとしましたが、 今度はいつもと少しばかり勝手が違っていました。ドレンボルトがなくなっているのです。

    50km/hで走行中に脱落した小さなねじを道端から見つけ出すのは努力するだけ無駄でしょう。 私はヨメに事態を説明しました。 「どうしよう、バイク屋さんのありそうな集落まではまだずいぶんあるよ。」 天気もよくて日もまだ高く、人里離れているわけでもないし、 今日は宿まで戻ればいいだけだからそう心配することはありませんが、なんとか手を打たねばなりません。





    「まあ、あわてることもないだろ。ちょうどあそこにお店がある。おやつと冷たい飲み物で休憩しよう。 何か役に立つものを売っているかもしれないし。」 と、たまたま歩いてすぐのところにあった、この集落でただ1軒の小さなお店に行きました。
    たばこやアイスクリーム、パンやお菓子それにちょっとした雑貨が並んでいる小さなお店の中で私はヨメに、 「こんなときはガムでも噛むのが一番だ。」といい、ロッテクールミントガムと缶コーヒー、 それに赤いビニールテープを買って、マシンのところに戻りました。

    だまってガムを噛んでいた私をヨメは、「どうするのよ、ビニールテープで直るの?」とせっつきました。
「だからさ、こんなときはガムが一番だって言っただろ?」

    私はすっかり味がなくなったガムを口からつまみ出して軽く指先でこね、 やおらキャブのドレン穴に入れ、指で押し込みました。 そのうえにビニールテープを貼って、ガムが固くなっても抜けないようにしました。カバーのボルトを絞め直して、「はい、修理完了。」 数回のキックののち、GYRO-Xはいつもの快調なエンジン音を立てました。「やっぱりガムね。私にも一枚。」 こんどは二人でガムを噛みながら、利尻をめぐる道を再び走りはじめました。




もういちど乗りたい・・・

    なんべんかすべてのカバーを外して隅々まで清掃したGYRO-Xは、 4桁しかないオドメータを一周させ、通算で18000kmほど、私が走らせた距離で13000km強だったと記憶しています。 たまにしか乗らない車にしては結構な距離を記録しました。 限界まですり減ったタイヤやブレーキシューを交換してきちんとメンテし、 もっと乗りたいと思っていましたが、1994年、アメリカ駐在の辞令が降り、元のオーナーに返却。 そのあとさほどたたず、バイクに乗ったことのない女の子に貸したらアクセルを戻すことができずにどこかに突っ込み、 フレームがゆがんでしまったらしく、廃車になったとのこと。残念だ。

    GYRO-Xは便利でとても楽しいマシンでした。 さほど多くは残っていないGYRO-Xの写真を今になって見返すと、どれも楽しい思い出ばかりです。 バイクの楽しさは速さでも大きさでもないよね。もう一度乗りたいなあ。

    ですが、あのころに比べて一般道の平均速度がずっと速くなっているいまでは、 最高速度55km/hでは郊外に出るには辛すぎます。 し、その速度で25km/hオーバーの切符を切られてしまうのはばかばかしすぎます。 MP3なんかおもしろそうだなあとも思いましたが、イタリア製の機械がチューインガムで直るような軽微な路上故障だけで済むはずがないし、 だいいち前輪2輪ではラフロードに入っていけるとは思えません。 と・・・いままで気にも留めなかったモデルの存在に気がついてしまいました。 うああああっ、 ビビッと来ちゃったぞ!




  • このページのテキストは Toshiba X01T Windows Mobile 6 Professional で書きました。

  • Return to Vehicles
    Return to NoobowSystems Lab. Home

    Copyright(C) NoobowSystems Lab. Tomioka, Japan 2009, 2010

    http://www.noobowsystems.org/

    Feb. 25, 2009 Page created.
    Feb. 28, 2010 Published.