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The Till: SUZUKI V-Strom 1000 ABS DL1000A (VU51A)

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完全な想定外

    毎週末の第3研究所往還生活はすでに7年目。 このまましばらく続きそうです。 いっぽう6年6ヶ月の間の毎週末の夜間長距離高速通勤をきちんとこなし、 ときにオンロード車の範疇を超えた過酷な峠越えツアーを走り抜けてくれた ティーディ は走行12万km、 顕著なオイル消費と燃費の明らかな増大、 パワーの低下とレスポンスの悪化が目立つようになってきました。 車齢20歳、各部の消耗と劣化が進む中で純正部品の供給も終わり始め、 引退させても全く不思議のない状況となっています。

    目下最大の懸念点はエキパイとマフラーの接続部の完全破断で、 補修用の材料費と修理工数を考えるともはやマフラーエキパイの新品あるいは中古品交換しか解はなさそうです。 それで排気漏れ問題を解決したらつぎはただちにチェーンとスプロケット周りの新品交換が必要。 でもそうしたとして、あと1年延命できるかどうか。

    その一方で、ティーディは私のニーズにあまりに適しているので、 同等あるいは凌駕する能力を期待させてくれる後継車種はなかなかみつかりません。

    長いことずっと、いつかはスーパーテネレ、と思い続けてきました。 しかし実際には50歳台も半ばに差し掛かり、自分の体力も日増しに落ちていく中、 装備260kg台のスーパーテネレは山奥で倒したり落輪したりスタックしたりすれば自力リカバリ不可能に陥ってしまうでしょう。 週末に仲良くグループツーリングみたいなぬるい楽しみ方ならいざ知らず、 私の使い方には、非常に残念ですが、もはや諦めざるを得ません。 辛い決断。 指の間から零れてしまった夢。

    すでに数年来予想されてきた700ccパラレルツインのヤマハのアドベンチャースポーツは今年7月のデビューの噂が有力でしたが、 社内のEuro4対応の優先度付けのためか出てくる気配はなし。 T7が出るまでなんとかティーディで繋ぎたいと思ってきましたが、 どうやらそれは無理な様子。 ですし、T7はコンセプトを見る限りオフロード性能に振りすぎていて、 私に本来必要な長距離通勤車の適性に関しては劣ってしまうだろうことも明らか。 900トレーサーは、通勤には適していても、ステップを見ればダートに入ってはならない車なのは明らかだし、 低いマフラーが地面に引っかかって進めないという情けないことになってしまうでしょう。 ティーディ後継にはなり得ません。

    装備230kg台で、山岳不整路走破能力とペイロード積載能力を具備した、全天候夜間長距離高速通勤車。

    山岳ツアー専用車としてなら2016年型アフリカツインがほぼすべての要件を満たしていますが、 スタイルとアウトフィットのラリーレイドテイストが強すぎて、なにかそぐわない。 でももしこのままなにかズバリのモデルが出ないままティーディが毎週の通勤ユースに耐えられなくなったら、 そのときはアフリカツインだな、と考えていました。

    完全に破断してしまったティーディのエキゾーストパイプの修理に使うグラスウールとステンレス締結バンドを買うために、 ヨメとポゴと一緒に第2研究所に向かう途中でオートバイ用品店に寄りました。 同じ建物の中に隣接して、このお店の隣には新車・中古車を売るバイク屋さんがあります。 ママに似合ういい125cc車でもないかね、と、いつも通りに展示車を3人でなんだかんだ言いながら見て回ります。

    するとママが、

「あれっおとうさん、これなんかどう? 山も行けるし、通勤もラクラク」

    V-Strom? 2014年式? こんなのあったんだ。ダークレッドの塗色が落ち着いてて上品な感じだな。

「リヤボックスもついてて背もたれになるしリヤシートもいい感じだよ」とポゴ。

「それにおとうさん、これクラッシュガードとナックルガードに思いっきり転倒痕が入ってて、だからお値段格安。 どうせあなたはこんなキズ気にしないんでしょう?」とママ。

    そこに店員さんが、

「お客さん、転倒歴をお気になさらないのでしたらこれホントお買い得ですよ。 フル装備ですけど、今月末に出る新型の半額です。 さっきもこれをしばらくご覧になっていたお客様がいらして、一日考えてまた明日来るっておっしゃってました」

「でも…あの、ええと、これ車重どのくらいです?」

「調べてみますね・・・あ、229キロです、ケースついているのでそれよりちょっと重いはずですが」

「それって、乾燥じゃなくて、装備で?」

「はい、装備で。車両重量で229キロです。車検証にもそのように」

「じゃあティーディよりも軽いってことか…。」

    ・・・ 却下する合理的な理由がない。

「そうよ、こんな出物なかなかないかもよ。 毎週毎週修理なんかしてないで、あなたもうコレ買っちゃいなさい」

「そうだよおとうさん、買っちゃえ買っちゃえ、今日は父の日だしさ」

「ですね… コレ、ください。」

    もう長いこと悩んでいたティーディ次期車は、たまたま立ち寄った店先でたった15分で、それまで考えてもみなかったマシンに決定。

    完全に想定外の人生!!

   

Suzuki DL1000A

    それにしてもずっとティーディ後継を探していたのにSuzuki V-Stromを失念していたのははたしてどういうわけか。 最初の第3研究所往還機選定は2010年11月で、そのとき機能的要件を高いレベルで満たす車両としてV-Stromも選択肢のひとつでした。 そのときのV-Stromはまだ第1世代で、Ducati Multistrada 1000DS と同様に、 アルペンツアーを主眼にしつつ高い実用性能をもつスタンダードモーターサイクルとして新しいカテゴリーを開拓しヒットしたYamaha TDM850のコンセプトを追ったマシンでした。 が、Multistrada 1000DSと同じくV-Stromはフロントフェアリング・ラジエータシュラウドと燃料タンクを一体の造形物に仕立てたデザインで、 初期の習作ともいえる仕上がり。 視覚上の重心がステアリングヘッドまわりに集中してしまい、 実車の性能には問題がなくとも、私個人的には「絶対にありえない、目を背けたくなる醜さ」でした。 このトンデモ感があまりに強く、「シュトローム」と読まずに「ストローム」と読ませることへの強烈な嫌悪感とともに、 以降私の中ではV-Stromは門前払い、意識すらしたくない、禁忌すべき存在となっていたようです。

    まあこのあたりは後期TDM850のボディワークでも同様の違和感はあって、やはり「ちょっとこれは遠慮願いたい」という感覚でした。 それでもティーディを選んだのは偏にカラーリングの功績。 黒いサイドカウルのためにボディワークが目立たず、 ボディとフロントホイールの視覚的独立性が担保されていて、 フロントフェアリングから燃料タンクへのフローがコンパクトでスムースに見えることが何よりも決定的だったのです。 ティーディは南ア仕様でしたが、このカラーリングでなければTDM850 4TX型は選ばなかったでしょう。

    TDM850を猛追する追手のひとり Ducati Multistradaは、 とんでもなく奇妙なスタイリングを持ち、 私の中ではV-Stromと同様に、「全く縁がなく関わる必要がないオブジェクト」のタグをつけられていましたが、 2010年に全く新しい"アドベンチャーツアラー"として生まれ変わり、 市街地からエンデューロ走行まで対応するとても魅力的なモデル、Multistrada 1200になりました。
    勤務先で毎日見ていたMultistrada 1200でしたが、 ティーディ後継として選択肢に上がってこなかったのは、 まずはそのデスモドロミックのやかましいメカノイズ。 静けさを求めて山に行きたい気持ちをスターターモータを回した瞬間に削いでしまうのではと思えました。 さらには、レーストラックと高速道路しか走ったことがなかったDucatiはヤマの暮らしを理解してはいないだろうという懐疑心。 事実車両を見てみると、美しいボディワークの重要な要素となっている燃料タンクはエラが張っていて、 転倒はおろか立ちゴケでさえ必ずヘコんでしまうだろうこと、 こんな高級なバイクを凹んだタンクのまま使うのは恥ずかしいから燃料タンクを交換するだろうこと、 そのタンクはきっとすごい値段がするだろうこと、 そんなミスは1回では済まずに数回は必要になるだろうこと、 するとそれは避けるべきだから、転倒覚悟の荒れたガレ道には入れないだろうこと、 であれば結局そういう道には最初から入っていく能力がないマシンでしかないのだ、ということ。

    だからMultiにするくらいなら、KTM 1190 Adventureにするべきだ。 オフロードを知り尽くしているKTMなら転倒痕がガリガリに入っていたって勲章として輝く。 それに、幾多のベテランライダーが絶賛する最新のスタビリティコントロールシステムが市街地からオフターマックまで確実な走行を支援してくれるだろう。 それでは、と値段を見ると… ごめんなさい、とブラウザを閉じてしまいます。

    ティーディ後継の長距離高速通勤車が具備するべき極めて重要なファクターに、導入コスト・稼働コストの低さに加えて、 短いターンアラウンドタイムがあります。 金曜日の深夜にフロントブレーキが完全に効かなくなっても、日曜日の夕方にはマスターシリンダーの完全オーバーホールが済んで出発待機状態になれる。 研究所に近いショップに整備を依頼でき、補修部品がすぐに手に入ることが重要な要素です。 これはKTMにはなかなか期待できないことでしょう。

    BMWならいっぱい売れているから少しはいいかもしれませんが、 うう、バイエルンはヤマハXTを叩きのめした悪の帝国なんですよ、私にとって、いまだに。


    というわけでV-Stromは私の中で関与禁止のタグが付いたままになっていたんでしょうね。 すでに人気カテゴリーとなっていたアドベンチャーツアラーとして2014年にフルモデルチェンジを受けたDL1000A VU51A型のことは、 中古車屋で実車展示を見るまでまったく意識の上に浮かんできませんでした。

    契約して家に帰ってすぐに、どこかで見たはずなんだけどと写真フォルダを探してみると、 2014年5月にパシフィコ横浜で開かれた人と車のテクノロジー展で撮影した写真のなかに、 V-Strom 1000 ABSのカットモデルが写ったものがありました。 日本国内の発売開始が2014年06月04日でしたから、その2週間前、発売直前の写真ということになります。 人と車のテクノロジー展はエンドコンシューマ向けの販売促進会ではなくて、どちらかというとエンジニアと業界関係者向けの技術とビジネス展示が主眼ですから、 オフロードライダーの心をくすぐるとかいったショウ要素もなく、インパクトもなく、 ただ、あれ、前に見たのに比べればすっきりしたデザインになったんだ、といった印象でした。 サイドスタンドを立ててステアリングを左に切った状態で右サイドから写真を撮るとたいていのオートバイは間延びして精悍さを失って見えてしまいますので、 それも一因だったかもしれません。

    ともかくも、2012年の時代に販売数を急激に伸ばしていたアドベンチャーツアラーのカテゴリーに参入するために、 既存のV-Strom DL1000をベースに全面変更を受けたV-Strom 1000 ABS DL1000A VU51A型は、 悪く言えばオリジナリティに欠ける二番煎じのコピー、良く言えば既存モデルをじっくり研究して最適化できる立ち位置。 私には私の好みがありますからほかのライダーの書いたインプレッション記事のようなものはほぼ信じませんし読みませんが、 調べれば調べるほど、VU51Aは私が探していたマシンにすごく近いところにいる確信が強まってきます。

    「高額な買い物には1週間の契約保留期間を設けること」のルールがあるわがラボなのに、展示車を見たその場で家族全員合意で即決、 という買い物でしたが、間違った判断どころかすごい掘り出し物の大当たり、であるように思えてきました。 なにしろ展示車を見たときはABSは装備されていないと思いこんでいたくらいですから!




ブーツ新調

    2017-06-25 ライディングブーツ新調
Simpson SPB-201 18144円
DAMM Flapper Syndyブーツ 16200円


Tillwhen

    「納車日なんですけど、週末にしか取りに来れないから、2週間後の土曜日にタクシーか何かでお店に来て乗って帰ります」とお店には伝えておいたのですが、 後日「決算の関係で6月中に納車完了の扱いにしたいのでご自宅までお届けします、配送料いただきませんので」との電話。 そりゃ歓迎。中央研究所でヨメが実車を受け取りました。

「スズキ車初めてかもしれないからってクラッチスタートのこと教えてくれたよ。 フォークシールは消耗品だから保証の対象外ってのと、あとはステムも交換してくれたってさ」

    クラッチスタートはともかく、ははあ、確かに前のオーナーはフォークインナーチューブの清掃を怠っていたんだな、 フォークカバーに隠れて外からでは見にくいけど、最下部が汚れてサビっぽくなってる。 そのうち磨かないといけなさそう。

    この車の商談のとき、お店の人は最初 「前のオーナーさんはバイク初めてで、右にも左にも立ちゴケしちゃったらしいんです、 クラッチレバー先端が折れちゃってるのもそのときに」 なんて言っていたけど、左側のピリオンステップホルダとメインスタンドのキズをみれば立ちゴケなんかじゃあないことはすぐにわかりました。 店員さんはこっちがキズは気にしないけど決してサンデー観光地ライダーではないことが分かると、より正確に現状を説明してくれて、 「実はステアリングステムのステアリングストッパ部が変形しちゃってて、ほら、左右でステアリング切れ角がちょっとだけ違うんです」 と言っていたっけね。

    ヨメは「ステムまで変えてくれて親切なお店でよかったね、 しっかし初めてでこんなでっかいマシン乗ろうなんて前のオーナーさんすごいね、 80あたりから始めればいいのに」と。

2017-06-29 納車 8566km

    ティーディ次期車はきっといわゆるアドベンチャーツアラー車。 山で出くわすでっかい奴だから、デーラ・ボウ、ということで車名は「デーラ」にしようと長いこと思っていました。 し、全く想定していなかったものの、"DL1000A"の型番はどことなく「デーラ」につながります。

    ところがこの名前、いざ提案してみるとポゴから却下を食らってしまいました。 じゃあなんかいい名前ある? と訊くと、「カモちゃんでしょうやっぱり」。 たしかにきれいなくちばしが特徴的だけどさ、カモちゃんはあまりにも可愛らしすぎ。 そんじゃアカガモちゃんかなあ、とか、なかなかいい名前を出してくれません。 嘴が美しいからエトピリカはどうかなあと思いつつ、これまた決定せず。

    いっぽう納車された現車を見ると、やはり鮮やかな嘴のイメージは強く、怪鳥という言葉がただちに浮かびます。 2014年にコンセプトのビッグチェンジを受けたV-Strom VU51Aの外装デザインにはDR-Bigのイメージが取り入れられているとのことで、 なるほど怪鳥のイメージが引き継がれているわけですね。 するとすぐに「怪鳥いつまで号」の語が発現し、すぐさま"Till when?"の言葉が浮かびました。 この思考機序は某クラスタに属する方にしかわからないでしょうけれども、 ポゴとヨメはなるほどねと即受け入れ、これで決定。 愛称は「ティル」です。 タンクと嘴をダークグリーンに塗り替え、白いカッティングシートでワンポイントをつくればさらに怪鳥いつまで号になりそうだな、 などと思いつつ。

    ティーディを継ぐ、山岳不整路走破能力を具備する全天候夜間長距離高速通勤機、Tillwhen。 フルサクセス・クライテリアは、稼働6年、走行10万km (総走行10万8700km)、総エクスペディション270回とします。 峠越えミッション運用成績は必須要件からは外しておきますが、新規300峠行けたらいいなあ。 車両そのもののトラブルや耐久性、あるいは不慮の事故の可能性といった要素はもちろん、 この先ますます衰えていくはずの自分の健康と体力と気力がどこまで維持できるのか、 単身赴任生活がいつまで続くのか、あるいは早期退職勧告を受けて失業してしまったりするのではないかという不安ももちろん抱えて、 怪鳥いつまで号、発進です。 "Till When?" とつぶやきながら、いつまで走ってくれるかな?

2017-07-01 命名

    まずは給油したのちに近場で慣熟走行。 コースはごく軽い慣らしとして、南後箇から三本杉峠を越えて南牧道の駅までの往復。 ダートには入らず、普通に流す程度。 立派なリッターバイクだけれど、アクセル開け始めはかなりジェントルで、大人しく走るのも上手な様子。 必要ない時には静かないい子でいられる、というのは長距離ツアラーにとって大切な素養。

    ティルの任意保険は有効にしたけれどまだETC OBEがついていないので、第3研究所往還はティーディで。

2017-07-02 慣熟走行

#01 三本杉峠 [再]






燃料タンクとくちばしをダークグリーンに塗り替えて白いワンポイントを追加すればもっと「怪鳥いつまで号」になりそうなんだけど…

初通勤

    さあ初の通勤。 ティーディよりも高い位置にあり、より垂直に近い角度に設定できるウインドスクリーンの防風性能はとても良好。 巡航時にヘルメットのシールドを降ろす必要がありません。 パワーはもちろん十分だし、その出方もジェントルでスムース。 トップギアからの追い越し加速も楽。 90km/h以上では強い振動が出ていたティーディに比べ、エンジンの振動はずっと弱く、これは長距離巡航に嬉しいポイント。 リアサスペンションの初期ストロークはソフトで、路面からの突き上げはなく、これもうれしい点。 直進安定はビシッとしたものではないので、疲れが出てくるとやや蛇行してしまうかもしれません。 いっぽうこれは進路変更がたやすいという美点でもあります。 一番気になっていた腰への負担は、やはりティーディに比べてしまうとすこし大きめ。 シートとお尻の相性もティーディほどではなく、1日1000kmを走るとそれなりに疲れが出てきそう。 長距離走行時はパッド入りインナーを使うなどの工夫が必要かもしれません。

    いつもの高速巡航速度では瞬間燃費計はリッター19kmを示しています。 最後の1年、ティーディではこの条件でリッター15km〜14kmでしたので、無鉛プレミアム指定のために燃料単価が高くなっている分は相殺できるし、 ストライドも長くなりそうで、これはうれしいなあ。

    ETC OBEがなくて深夜割引も利かないので、帰投走行は東松山で降り、遠回りのヤマ経由にします。 給油せずとも走り切れる距離のはずですが、やはり不慣れなマシン。 不安なので秩父まで行って給油し、そこから土坂トンネル経由にしよう。 巣掛峠は、巣掛トンネルが開通する以前におそらく ハスラー50 などで走っていると思うのですが、確証がなく、今回初到達ということでログに記入します。 ティルでの初到達記録第1号。

    リフレクタ方式の縦置き2眼ヘッドライトはティーディに比べてずっと明るく、かつワイドな配光なので、 深夜の山道でもさほどには困りません。 が、タイトターンの先はやはりほとんど照らしてくれないので、 コーナリングランプ追加は必要です。 ティーディから外して使うか、あるいは新しいものを買うか?

    夜の峠でひと休みするとき、IG ONでヘッドライトが強制点灯してしまう、つまりヘッドライトON-OFFスイッチがないという現代の二輪車の仕様はとても不満です。 エンジン停止でヘッドライトONままを続けるのはとても不安なので、エンジンをかけたままにするか、 あるいはIG OFFして真っ暗な峠でひとり怯えるか。 ここは改善あるいは対策が望まれます。

    塩沢峠の登りの一部区間には、斜度20度に近いかなり急な上り坂がありますが、 さすがにトルクフルで、斜度を感じさせずにグイグイ登ります。 し、低回転大トルク時のジャダー感も少なく、快適。 タイトターンではティーディよりも自然にリーンアウトが決まります。 というより、全体としてオフロード車の走らせ方が合う車体です。 低速大転舵中も走行ラインを変えるのが楽で、格闘する感覚はなく、大型のボディを意識せずに済みます。 ただしマスの集中感はやはり弱く、フロントからテールエンドまで質量分布していて慣性モーメントが大きいという感じ。 オフロード車のそれではなく、 バンクを使って瞬間的にスパッと向きを変えるといったことはもちろんできそうにありませんが、 長距離ツアー主体の私の使い方にとってみれば、けっこういいバランスだな。

    今夜の路面は完全にドライ。 杉の落ち葉はまだところどころありましたが、 山岳路区間ではABSやトラクションコントロールが介入することはありませんでした。

    全体を通して大きな問題点はなし。 いい感じです。

   
2017-07-07 Expedition 1 帰投走行

#01 千束峠 [再]
#02 巣掛トンネル [再]
#03 巣掛峠 [おそらく初]
#04 土坂峠 [再]
#05 塩沢峠 [再]
#06 ホーロク峠 [再]
#07 小峠 [再]





ETC OBEに一日を

    ETC OBEはティーディのを移せばいいやと思いましたが、しばらく探したものの、OBEの登録書類が見つかりません。 それがなくては車両入替の再セットアップをしてもらえませんからね。 仕方ない、新品を買おう。 年に数回ツーリングに出るだけだったらシート下かどこかにスッキリ収容できるアンテナ分離型がかっこいいのでしょうけれど、 こっちは毎週末ほぼ必ず高速道路を使います。 使い慣れてその存在が気にならなくなれば、一体型の方がずっと便利。 で、用品店に行ってみると、残念、一体型の在庫がありません。 さらに尋ねてみると、系列の別のお店に一台だけ在庫があるのだけれど、そっちのショップではサービスピットがすでに予約でいっぱい。 そこで、品物を確保してもらってそのお店に行きOEBを購入し、 その足で戻ってきて午後3時からこの店のピットでセットアップしてもらう、ということに。

    OBEが置いてある店までは高速を使えば30分ほどで着きますが、 ETCなしでは休日割引も効かないし、なにしろ急ぐものでもないので、普段使わない郊外ルートをつないでミニツーリングと行きます。

    OBEを入手した後は少しの区間観光渋滞している国道を通る必要がありましたが、 いやあ、今日は暑い! 渋滞停車中のティルの外気温計は42℃を示しています。 国道を離れ、交通量の少ないルートに入って気温計が36℃にまで落ち、だめだどこかで冷たいものを。 存在は以前から知っていたものの初めて入った茶店はいい雰囲気で、 注文した手打ち大盛りざるそばが出てくるまでの間に水と麦茶とビンコーラを2本立て続けに飲み、 食後にいちごみるくかき氷を食べてようやく人心地がつきました。

    新品OBEで高速に乗り帰着したときはすでに17時をまわって、結局一日がかりになっちゃったけど、 ようやくOBEが付いて通勤車としての、そして来週に向けての準備が整った!

2017-07-15 ETC OBE取り付け

MITSUBA MSC-BE21 20520円
レインスーツ 12744円
TANAX ETCステー 5075円
ETC OBE取り付け工賃 5000円
ETC セットアップ 2700円



超長距離通勤

    昨年は有給休暇を数日分流してしまったのが悔しくて、調整がつくなら計画休暇を、と考えてました。 幸いにも緊急案件が発生しなかったので、それでは1週間ほど。 ロングツアーに出るなら排気管の新品交換を含めてチェーンやスプロケットやらブレーキディスクやらいろいろとレトロフィットしないといけないなあと考えていましたが、 期せずして今回は新車同様のティル。 ETC OBEはついたし、NV-U37の電源は汎用USBシガーチャージャを使ってインパネのアクセサリーソケットからとります。 作業はUSB Aプラグ-DCプラグのケーブルを一つこしらえただけ。

    スズキ純正両サイドのパニアケースとトップケースをもつティルはそれだけでロングツアラーの雰囲気ですが、 このハードケースというやつは案外にモノが入りません。 ケースの内法よりちょっとでも長いものは入りませんし、 内法は実は大して大きくありません。 サイドケースは横開きなので何でもかんでも気軽に放り込めるというものでもありませんし、 右サイドケースはマフラーの干渉を避けるため内側が大きくえぐられていて、見た目ほどには容量がないし。

    今回のツアーではトップケースは外し、昨年購入したRough&Roadのツアーバッグを使います。 内容量80リットル、必要に応じてさらに気室を拡大できるし、ポケットも大きくて実用的。 防水性能は劣りますが、 プラスチックケースであっても完全ウォータープルーフでもないので、 結局個々の荷物をプラスチックバッグに入れる必要があるのは大差がありません。 し、こっちのほうがずっと雰囲気あるよね。

    さて行先ですが、今回はまったく予定のない気ままツアーを決め込みます。 ということで岩手。 今回はスズキ車だから、30年前のRH250での岩手峠越えツアーの続編、みたいに。 違うのは、今回はすべて宿をとるということと、 当時の数倍の数の峠がデジタル地図にリストされていてすべて電子誘導に依存しているということと、 1日1時間の業務連絡時間帯を設けざるを得ないということ。

    しかしこれらのことも確定はしていないままに出発の前日の夜。 1週間アパートでジャズとワイン漬けでもいいし、短期集中でピアノ教室に通ってもいいし、各駅停車の列車の旅に出てもいいし、 ネバダ・シティの安モーテルに泊まって連日古びれたカジノで夢を見ながら負け続けてもいい。 これぞ本当の自由だ! 無限のようにさえ感じられる可能性の中から選んだのは・・・岩手の観光ホテル。 未来の世界線はぐっと収束しました。

    一気に岩手入りしようと思って常磐道を北上し続けていたのですが、 途中NV-U37のマップに未到達の峠が現れたのを見て、そうだ、今日はこのあたりを先に廻っておいてから一関入りしよう。 午後から天気が悪くなるという話だしね。 ということで新地インターで降り、阿武隈高地北部の、見事に一直線に連なった峠群をめぐることにしました。

    まずは大沢峠へ。 この峠は近年新たに開削された道ですが、供用停止された旧道車道の峠部分も残っています。 ここに限らずこの10年ほど、こういった車道峠の世代交代が進んだところもよく見かけるようになりました。 徒歩道、牛馬車道、軽トラ級の未舗装自動車道、1.5車線の舗装自動車道、そして今は片側1車線の自動車道。 自動車交通時代に生きつづけている峠であっても、自動車用道路だけで第3世代に入った峠が多くなってきた、ということですね。



    鈴宇峠は新しい自動車道が開かれていて、経路上の最大標高地点は旧道と新道とではすこし異なっています。 旧道峠だったはずの地点で停車し写真を撮って、よし到達と走り出してカーブを曲がった先の新道の峠にくると、 峠上の行政区標識にはっきり「鈴宇峠」と書かれています。 新道開削によって峠の位置はすこし動いたけれど、峠としてのアイデンティティはきちんと引き継がれている例、でしょう。 写真を撮ろうとティルを路肩に止めてサイドスタンドで立たせ、マシンから降りようとしたら、 するするっと車体が前進してサイドスタンドが外れてしまい、うわわっと支えようとしたものの、ゆっくりとガッシャン! うわーいきなり立ちゴケだ!!

    峠で一休みをする場合はふつうエンジンを止めるのですが、今回はたまにクルマが通る道ですからハザードを出します。 しかしハザードを出すためにIG-ONのままだとヘッドライトもつきっぱなしで、短時間だから大丈夫だとはいえエンジン停止のままだとちょっと不安、 そこでエンジンをかけたままサイドスタンドを出す… このためにはニュートラルを出さないといけません。 そう、平坦に見えた路面が実はそれなりの下り坂で、ニュートラルを出していたために車体が前に進み、サイドスタンドが外れてしまったのでした。 うーちくしょう。 絶対何か対策してやるぞ。



    高瀬峠は、最初ミスルートしてしまい、小粒径の玉砂利の急坂に入ってしまいました。 こんな砂利の急坂登りでは強介入にセットしたままのトラクションコントロールがほとんど効きっぱなしになってしまいます。 困るほどのことはありませんけど、これは効きすぎだなあ。 ミスルートに気がついていったん戻り、弱介入にセットしなおして正しいルートに。 こちらも砂利の急坂ですが、後輪を軽くホイールスピンさせながらの登坂が自然に行えます。 ラフロード走行時はトラクションコントロールは"1"にセットしておくべきなようです。

    馬船峠はジムニー級ですがかなり荒れており、わだち部は道路中央部に対して5cmから所によっては10cm程度にも掘れていますし、 雨水による溝掘れも少なくありません。 しかし交通量は極少と見えて、路面は一面に草で覆われています。 このとき大型で高い位置にセットされているウインドスクリーンと、大型タコメータと多機能デジタルディスプレイをもつインパネの問題点が明るみに。 いまから前輪が越えようとするすぐ近くの路面が、インパネに邪魔されて見えないのです!!
    インパネ越しに見えている路面はほとんどウインドスクリーン越しに見ることになりますが、 スクリーン下端部は歪んでいるため、路面も歪んで見えてしまいます。 それではと頭を左右に振ってインパネを避けてみようとすると、 右目と左目のどちらか片側だけがスクリーン越しになってしまうので、片目だけ歪んだ像のために立体感が狂わされ、 わだちの深さや掘れ具合、あるいはキャンバーの形状を見誤ってしまいます。
    オフロードライダーはわだちの溝など路面の3D形状を把握して走行ラインを決め、あるいは前後輪の振られ具合を予測して進むわけですが、 路面の3次元形状を見誤ってしまうために、予期せず車体が振られてしまうことになります。 マシンのせいなんかにはしたくないけれど、これはキビしいなあ。

    そう思いながら急坂の登りをどうにか進んでいるうちに、またまた大きくバランスを崩し、足をついて堪えたもののやっぱりダメでゆっくりドサッと。 草に隠れて見えなかったハンドボール大の石を乗り越えるような走行ラインになってしまっていました。 くそー、初立ちゴケだけじゃなくて初転倒もはやばやと記録か。

    ティーディならフロントウインカーが破損していたのでしょうけど、さいわいティルではダメージなし。 サイドボックス取り付けが内側に入り込んでしまいましたが、手で引っ張り出してバキッという音とともに元の位置に戻りました。



    箕輪峠は峠上が採石場になっていて峠部の山体が大きく削られています。 見晴らしはいいけれど、古い峠部は文字通り消滅していました。 これも峠の運命の一つだねと思いつつあたりを見回して風景を眺めていたら、 あれ、これは?

    それはポールに簡便にとりつれられた、紙の塞神さまでした。 峠がもつ意義のひとつ - 地域間インターフェイスのゲートウェイとしての認識 - それゆえ、悪いモノが自コミュニティに入ってこないようにと願う塞神信仰。 すっかり削られ、もはや誰も立ち止まらず通過点にしか過ぎない箕輪峠ですが、 峠の信仰は今でも受け継がれていることが知れました。




    初日は予定より早く宿の近くまで来れましたが、 午後2時、かなりひどく荒れている七曲峠の頂上では、遠くで雷の音も聞こえ始めました。 まだ十分には慣れていないニューマシンでの初ロングツアー、 加えて立ちゴケ・微速転倒・ヤブ漕ぎ走行の連続ですでにかなり疲労しています。 ので、峠から宿に電話をかけ、午後3時に早チェックインしたい旨を告げました。 雨が降る前にお宿に入って休もう。

    すでに消耗しきった体力、荒れた峠の下りで転倒しないよう注意しながら降り、舗装一般道に出て少し進んだら、 雨が降り始めました。 せいぜいあと10分で宿だから、と、レインスーツの用意も億劫になってメッシュジャケットのまま進んだのですが、 道路の先は・・・まるで異界に飲まれたかのように真っ暗です。

    そこへ突っ込んだとたん、まるで洗車機の中の様相。 ほとんど瞬間的にライディングパンツの中もブーツの中も浸水。 台風にせよ夕立にせよヘビーレイン走行は慣れていますが、それでもこんなにも視界を奪われる豪雨はあまり経験がないぞ! マシンはがっちり安定して走ってくれますが、車速を30km/h台にまで落とします。 加えて至近距離に立て続けに落雷。 かなり危険な状況。 本来ならばマシンを止め、マシンから離れて土砂降りの中横たわるべきだったのだと思います。 が、まもなく道路の両脇に建物が続きはじめ、やがて市街中央部に入りました。 幹線道路はすでに脛の高さにまで冠水していました。 クロスウォーターは大好き! なにしろ暑い一日を走ってきたので、全身ずぶぬれが気持ちいい!

    以前に泊まったことのある宿なので入り口は軒付き駐車場になっていることを知っていました。 宿に着いてすぐにそこにティルを滑り込ませると、 そこにはあまりの突然の豪雨にびっくりして出てきて外の様子を見る従業員さんやら、 駐車場まで行きたいけど傘も役に立たないので出るに出られない法事終わりのお客さんやら。 そこに大型バイクで入ったもんだから、 「あれあれこんな雨の中バイクで大変でしたね!」 「ライダーですから覚悟はできてますけどね、こんな強い夕立はほんと久しぶりですよ」 「いやーでもこんなのは普通じゃねえなあ!」 とすぐにみんなの輪に入れて。

    そう、この感覚。私の旅の一週間が始まったことをあらためて感じます。

2017-07-22 Day 1

発時 9503km
着時 10091km
走行 588km

2017-07-22 #01 大沢峠 [初]
2017-07-22 #02 旗巻峠 [初]
2017-07-22 #03 鈴宇峠(車道) [初] 立ちゴケ
2017-07-22 #04 福田峠 [初]
2017-07-22 #05 小斎峠 [初]
2017-07-22 #06 高瀬峠 バラスダート急坂 [初]
2017-07-22 #07 馬船峠 激ヤブで微速転倒 手前でDL1000A進行断念 徒歩 [初]
2017-07-22 #08 明通峠 [初]
2017-07-22 #09 割山峠 [初]
2017-07-22 #10 箕輪峠 [初]
2017-07-22 #11 化粧坂 [初]
2017-07-22 #12 七曲峠 荒廃路 [初]



    Day 2。 昨日午後2時半からの猛烈な雨は夕立みたいな感じで4時頃には止んだものの、 実は東北の日本海側、とくに秋田県で大雨低気圧が活発に活動していて、かなりの被害も出ています。 その影響で岩手も北に行けば行くほど天候は悪い、とのこと。 今回はなにしろ予定なしの気まま旅が目的であり、強い雨の中ひたすら未知の峠を求めて走る責務を自分に課してはいません。 で、宿に尋ねると、たまたま明日も一部屋空いていて連泊が可能とのこと。 そのようにお願いして、一日強い雨の日曜日は文字通りの休息日として、宿でまったり過ごすことにしました。

    雨はさほどには強くないものの、上流からの水かさが増しているために猊鼻渓川下りは途中折り返しコース。 普段なら川底が見える砂鉄川も濁っています。 それでも霧に霞んだ猊鼻渓に響く船頭さんの舟歌は神秘的。 なんかここ、ハマっちゃった気がする。 きっとまたいつか来るだろうな。

    旅先で一日のんびりデーを入れてみたかった、というのはややタテマエな部分もあります。 実際のところ、出発前の金曜日は仕事がなかなか片付かず帰宅は遅くなり、でも夜中に目が覚めてしまって睡眠を3時間しか取っておらず、 その後高速長距離巡行、連続峠越え、立ちゴケ・微速転倒を含むヤブ走行、最後に強烈なストーム。 もう昔のように若くはなく、あえなくダウン、がより正確な表現かもしれません。

    ショートブーツとライディングパンツの組み合わせは脛のプロテクションがほとんどなく、 おそらくヤブ走行のときにバランスを崩しそうになるたびに地面を左足で蹴って、そのたびにステップで左脛を打っていたのでしょう、 脛はあざだらけ。 いったん横になると起き上がれないほどに腰も痛んでいて。 日がな一日ジャズを聴いて、温泉につかってぐだーっと。

2017-07-23 Day 2 走行0km



    Day 3 はまだ雨が残っています。 新調したレインスーツ装備にして出発、大船渡に向かって峠をつないで東進していきます。 最初に向かった鳶が森峠は、峠の手前の経路長1600mの地点で道幅いっぱいに切り出した材木が整然と高く積まれた状態で通行できず。 一関の地蔵峠は名の通り峠にお地蔵様がいらっしゃって、しかも立派なお社に入って、丁寧に祀られています。 歴史と信仰が今に生きる峠。 いまや誰に手向けられずただ通り過ぎる車を眺めるだけのお地蔵さまがほとんどの中、 ここのお地蔵様はお幸せでしょう。



    一関と気仙沼の境、黒森山の北麓を超える経路上にある2つの峠、佐戸巻峠と中谷峠は、本日のハイライト。 路面は2日間振り続いている雨でぬかるんでいて、雑草繁茂もかなりのもの。 基本的には軽トラ級なのでトレール車なら全く走行には問題がないはずなのですが (いま写真で見ると全くどういうこともない道です)、 今回はかなりの恐怖を感じ、ハラハラしながら進んでいきます。

    ティーディよりもひとまわり大柄なボディ、というのももちろん影響していますが、恐怖の理由は大きく二つ。

    ひとつめは、 山側の路肩に掘られている排水溝が雑草で覆い隠され全く見えず、寄ると落ちてしまうかも、 あるいはバランスを崩して足を着こうとしたらそこには地面がないかもしれない、という恐怖。 谷側も雑草で路肩が見えないため、一部路肩が崩れていても気がつかず、転落してしまうかもしれないということ。 スピードを落とし、一本橋教習を思い出しながら慎重に進みます。

    ふたつめの理由は、すでに今回ツアー初日に痛感したのですが、 ティルはフロントの見切りがとても悪いのです。

    フロントフェアリングを兼ねるヘッドライトボディと一体となったインストゥルメントパネルに装備された、 多機能ディスプレイ。 通常走行時は見やすいし、垂直に近く取り付けられたタコメータはどこかヴィンセント・ブラックシャドウを想起させるものがあってとてもかっこいいのですが、 ラフロード走行時はこれが視界を妨げてしまい、 いまから前輪が通ろうとする直前の路面が全く見えないのです。 さらに、ぎりぎり見えている直近の路面はウインドスクリーンの下端を通して見るために、像が歪んで見えてしまうのです。

    わだちが深く掘れていたり、雨水による浸食溝が道路を斜めに横切っている場所を走行するとき、 ライダーは路面の3次元形状を認識し、前輪を通すのに最適な走行ラインをリアルタイムに求めて運転操作を続けています。 ティルでは直前が見えないため、見える範囲での3次元形状を脳内でバッファリングして、 2〜3秒後にそこを前輪が乗り上げる様子をイメージしながら進むことになります。 しかし予想と違うタイミングで前輪が振られてしまうことが連発し、ペースを落とさざるを得ませんでした。
    しぱらくして、これはティルのハンドル周りのボディ形状のために、前輪が実際よりもずっと前にあるように錯覚してしまっていたためだとわかりました。 いいか、惑わされるな、タイヤはもっと手前にある。 自分にそう言い聞かせると、すこしうまく走れるようになりました。

    とはいえ、ただでさえ雑草繁茂がひどくて路面の形状が見えず、近くに来ないと大きな石が隠れていることに気づけないような場合にこれは大きなハンデ! ティーディではウインドシールドの下端部は大きく切り込まれていて、前輪が通る路面への視界を確保していました。 ああ、あれはこのための配慮だったんだ、不整路走行ではこういう部分の形状デザインで走りやすさがこうも変わってくるのか、と痛感。 フロントの見切りの悪さはV-Strom1000の欠点の一つ、と言い切ってしまおう。 まあV-Stromはもともとガレ場に入ることは主眼にはおかれていないわけですし、 この先もっと経験を積んで、慣れてしまうしかないでしょう。





    ・・・などと考えつつ3度目の転倒の恐怖と闘いながら雨にぬかるむ中谷峠を降り、舗装路にでてほっとしたら、 まだ山の中なのに最初の集落になんとおそば屋さんが!

    む、ここは岩手、こりゃあタヌキの仕業に違いない。 であれば、騙されてみようじゃあないか。 お母さんに迎えられて入った店内にはほかに客もなく、雨と汗でずぶ濡れのライダーはおいしい大盛りのお蕎麦と天ぷらで大ハッピー。



        飯森峠にも、立派やお社をつくってもらったお地蔵様がいらっしゃいました。 中の写真をと思いお社の中に身を入れると…突然ネコが! どうやらこのお社に住むネコのようで、食べ物を持ち込んでいる人もいる様子。 その件に関する警告の張り紙も社の内部にあったりして、なかなか複雑。 ネコの食事を狙ってタヌキとかキツネとかも来るようで… 実際ここで雨の中一服していたら、 遠巻きにこちらの様子をうかがっているタヌさんと目が合いました。

    今夜は大船渡温泉。 ずぶ濡れになったウェアを脱ぎ、ひと風呂浴びてから小一時間ほどリモートオフィスして、 さあ何か食べに行こう。

2017-07-24 Day 3

発時 10091km
着時 10237km
走行 146km

2017-07-24 #01 鳶が森峠 断念 [初]
2017-07-24 #02 市道峠 [初]
2017-07-24 #03 地蔵峠 [初]
2017-07-24 #04 笹ノ田峠 [初]
2017-07-24 #05 柳峠 [初]
2017-07-24 #06 佐戸巻峠 [初]
2017-07-24 #07 中谷峠 [初]
2017-07-24 #08 府中越 [初]
2017-07-24 #09 飯森峠 [初]



    Day 4。 大船渡を立ち三陸ICで降り、国道と高速道路インターチェンジ建設でテラフォーミングされてしまった現在の地形のどこが小峠だったのだろうかと非常駐車帯で写真を撮り、 古峠 (生江峠) へ。 「歴史の道浜街道 生江峠」と入れられた標柱は半分草に埋もれてしまい、その歴史の道も草に埋もれ、無粋な「通行止め」のウマ。 生江峠は現国道45号と、先ほど通ってきた三陸自動車道にとって代わられたわけですが、 国道も三陸自動車道も、まあ味気ない道。時代の流れ。

    ややガスがかかった曇り空ですが、大窪山牧場の脇を登っていく赤坂峠への道はすてきな森の道。 スマホのカメラでは心に感じた美しさはとても出ないとは知りつつ、写真を一枚。 赤坂峠は五葉山への登山道入り口でもあり、舗装車道が越える峠ですが、このわき道から登ってこられてラッキーでした。

    リアス式海岸の昔の街道交通はさぞかし大変だったのでしょう。 釜石の海沿いにはそういった古い峠が多くあり、新しい車道が開かれ、さらにトンネルが抜かれ、すっかり自然に還ったところがあります。 いつかたっぷり時間ができたら尋ねてみたいとも思いますが、おそらくは昔の人が新しいルートを開拓しようとした際の努力と同じような作業になるのかもしれません。 桜峠平田線の黒崎峠は立派な片側一車線の車道でしたが、さらにショートカットする峠が開かれ、黒崎峠の区間はバリケード閉鎖。 おそらくこのまま放置されるのでしょう。 ショートカットした峠に「新黒崎峠」とでも名付けてあげたいところです。

    箱根峠を越え (旧箱根峠には寄りませんでした)、仙人峠道路で遠野住田ICまで行ってからUターンする形で秋丸峠へ。 途中日出神社に参拝し、バラスダートの秋丸峠道を登っていきます。道は途中で分岐しますが、秋丸峠への道は狭くて雑草繁茂。 ティルでも入っては行けたと思いますが、いさぎよく諦めてハイキング。わずか500mですからね。 実際にはティルでも問題ないコンディションでしたけれども。

    古くからの仙人峠はきつい山道ですが、1959年に開通した仙人トンネルはいまでも「仙人峠」と呼ばれており、道路標識にもそう書かれています。 トンネルの位置と旧峠の位置は相当に違うのですが、概念としての「仙人峠」が新しいトンネルに継承されたケースですね。 必ずしも「トンネルは峠ではない」とは言えないわけで、やはり峠が峠であるためには「人々にそれが峠だと認識されている」ことが必要。 峠がその命を失うのはだれも通らなくなった時ではなく、人々に完全に忘れられたときなのです。 だから古い峠を書き記し残し伝えることによって、峠は永遠に生き続けられるものなのだろう、と。

    新平田峠の次に笛吹峠に向かいましたが、重要な地方交通路として今に生きるこの峠は災害道路崩落のために通行止め。






    今日のホテルは夕食なしなので、住田の街中でなにか食べていこう。 小さな町だけどラーメン屋さんくらいはきっとあるよね。 で、おや、 なにやらすごくおしゃれなお店 がある。 モーターサイクルツーリストがライディングジャケットで入っていいものなのかしら。

    ここはこの町この地域の自慢の生産品を使った、一流シェフの手による食事をいただけるとの由。 ラーメン屋さんに比べればお値段かなり張るけれど、 今日は昼メシ抜きで走ったから、その分くらいは。 オードブル「あがらっせ」と四元豚ありすポークのグリル。 ノンアルコールビールを飲みながら手短に業務連絡を済ませ、 出てきた料理は、ええっなにこの量? お店のおしゃれ感からは想像できなかったボリュームで、おなかいっぱい! さらにコーヒーもいただいて。 とても優雅な夕食でした。

2017-07-25 Day 4

発時 10237km
着時 10466km
走行 229km

2017-07-25 #01 小峠 [初]
2017-07-25 #02 古峠 (生江峠) [初]
2017-07-25 #03 赤坂峠 [初]
2017-07-25 #04 桜峠 [初]
2017-07-25 #05 黒崎峠 [初]
2017-07-25 #06 恋ノ峠 [再]
2017-07-25 #07 大骨峠 [初]
2017-07-25 #08 鍋倉峠 [初]
2017-07-25 #09 箱根峠 [初]
2017-07-25 #10 仙人峠(仙人トンネル) [初]
2017-07-25 #11 秋丸峠 [初]
2017-07-25 #12 新平田峠 [初]
2017-07-25 #13 赤羽根峠 [初]
2017-07-25 #14 六郎峠 [初]
2017-07-25 #15 白石峠(白石トンネル) [初]



    Day 5。 今回は出発前の週末をETC取り付けなどで費やしてしまい、床屋さんに行けませんでした。 まあ林道ツアーなんだからボサボサ頭でもいいやと思っていたのですが、 思いのほかうっとおしく、前々からやってみたかったこと…旅先で床屋さんに行く、 を決行することにしました。 ホテルを出てすぐの街道沿いに一軒あったのですがその日はお休み。 ので、世田米の街中の床屋さんに。 ほかにお客さんが一人。 お母さんと娘さんはボサボサの珍客を快く迎えていただき、楽しくお話をさせていただきます。

「峠を越えて回っているんです、昨日は赤羽根峠でクマを目前に見ましてね」
「まあこの辺じゃあふつうですよ。赤羽根峠はトンネルができたからみんな通らなくなっちゃったしね。」

    さらに話の流れで柳田國男について触れると、 「ああ、それならこの先の川沿いに柳田國男さんの記念碑がありますよ、この町にもいらしたらしくて」とお母さん。 すると娘さんはすぐに「それにつけても世田米は感じの好い町であった、ってね」。 すっかりサッパリした帰り際、お母さんは 「来店記念です、これどうぞ、峠のてっぺんで召し上がってくださいな」 と、冷えたキュウリ2本をラップに包んだお味噌付きでくださいました。 うーん、なんかアタマもココロもスッキリしたぞ。

    お母さんのおっしゃっていた柳田國男の碑はすぐに見つかりました。 なるほど、名士にこう言ってもらえたらそりゃあ町の人は喜びますよね。 でもその言葉は決してお世辞ではないね、いまでもまさにその通りだよ、 と独り言を言いながら、世田米から朴峠への登り口、林道朴峠線に入ります。

    朴峠林道はバラストダート。 雨続きでしたが昨日今日で路面はほぼドライ、走りやすいコンディションになりました。 朴峠に着いてここでキュウリを、と思いましたが、 マシンを止めるや否や多くのアブがティルのまわりに群がり始めます。 アブはマシンが発する赤外線に寄ってくるのでしょうか、私のまわりにはあまり来ず、 しかしのんびりキュウリを食べる気にはならず、 小休止後につぎの大畑峠へ。

    大畑峠の道はNV-U37にはベクトルデータはありませんが、ラスター地形図と照らし合わせて峠道の入り口をあらかじめ見当つけて電子誘導、 そこからはラスター地形図に切り替えて峠までスムースに誘導。 この切り替えが簡単にできるのはとにかくNV-U37のメリットで、 現在のスマートフォン用電子地図あるいはナビゲーションアプリでは無理。 NV-U37を買い替えることができずにいる最大の理由です。 スマホでできるのはせいぜい観光ツーリングの案内だよ。

    大畑峠は軽トラ級で、路面は悪くはないものの雑草繁茂があり、慎重確実に進んで到着。 残念、ここもアブがブンブン。 お母さん、キュウリはヤマを降りてからいただくね。 峠を降り、舗装路になって最初の民家があるあたりで道端にティルを止め、キュウリをカリポリとおいしくいただきます。

   
2017-07-26 Day 5

発時 10466km
着時 10664km
走行 198km

2017-07-26 #01 朴峠 [初]
2017-07-26 #02 大畑峠 [初]
2017-07-26 #03 蕨峠 [初]
2017-07-26 #04 廻立峠 [初]
2017-07-26 #05 新平田峠 [再]
2017-07-26 #06 辷田峠 [初]
2017-07-26 #07 鶉子峠 [初]
2017-07-26 #08 界木峠 [初]
2017-07-26 #09 忍峠 [初]
2017-07-26 #10 神遣峠 [初]
2017-07-26 #11 馬越峠 [再]
2017-07-26 #12 有宇内峠 [再]
2017-07-26 #13 失水峠 (車道近傍点) [再]
2017-07-26 #14 古田峠 [初]













    今日の昼食兼業務連絡はどこにしよう… 遠野の市街地に近づいてきたのでカフェを探したのですがいい店がなく、伝承園。 もう遅い時間でほかに食事の客はおらず、 ソフトクリームを食べにきたお子さん連れのお父さんが帰った後はヘッドセットを外しPC内蔵のスピーカとマイクで小さな音で国際テレコン。 「今日は基本、君が全部リードしてやってみて。ややこしいのが出てきたらアシストするから」と、 いわば実習中の状態にある海外の若手にモデレートを振りました。 一年前は右も左もわからず状態でしたが、いまはうまくリードしています。 しめしめ、ゆっくりひっつみ食べられる。

    しかしあの国の若いのは、真面目で、素直で、疑問をちゃんと尋ねるし、伸びるのも早いヤツが多いね。 育て甲斐がある。こういう状況だから、もう最近は日本人の若手はあんまりほしいと思わなくなってしまいました。



    Day 6. 遠野宮守の磔峠は今日のハイライトでした。 ものすごい伝説が残る峠ですが、雑草繁茂もものすごくて。 路面は悪くないのでさらに無理すれば進めたのでしょうけど、なにしろ全く路面は見えません。 写真は峠の手前180m地点 (西の達曽部側) で、ここで進行断念。 磔峠の峠上には道祖神さまの石碑がありました。 歴史は草葉の陰に。

    今回ツアーの初日から大型アドベンチャー車の限界を痛感して無理はすまいと思っているのですが、 最初大丈夫なようで徐々にコンディションが劣化していると、引き戻す決心がなかなかにつかず、気がついたらこんな状況で…。 えと、なんでしたっけ、茹でガエル理論でしたっけ、あんな感じ。

    オフロード車ならこの程度の繁茂はわけなく突っ切れるでしょうけどね…悔しいなあ。 「あらゆる道を、冒険に変える」というCMキャッチフレーズを思いついてしまいました。 4WDクロカン車とかアドベンチャーツアラーの広告にありそうですが (本当にあるかも?) 、 あるとしたらそういう意味ですからね。 私としては、「あらゆる冒険を平凡に変える」のが真にすごいマシンなのだ、と思います。 いや、でも、どっちの方が楽しいのかな。



    花巻市の古田峠・滑峠・拝峠は歴史上関連している峠。 古田峠は片側一車線の車道でしたが古田トンネル開削に伴い供用停止、ロープとバリケードで閉鎖されています。 古田トンネル入り口にはトンネル開削記念のモニュメントがありますが「古田峠は、古くから交通の難所であった」と記されているだけ。 それでも記念碑に残されるだけ喜ぶべきこと。 ただしステンレス製のモダンなモニュメントの記載文字はさほどたたずに朽ちてしまうでしょうね (昨日徒歩で到達)。

    滑峠はとくに標識はなくてごくふつうの交通量のない林道の頂上。 これに対して拝峠には古いコンクリート製の鳥居が残っています。 古くからの山岳信仰の対象であり、地域交通にとても重要だった峠道。 峠には詳しい解説板が設けられています。うれしいね。





    私は基本的には道の駅を使いませんが、目的の峠の手前450mの経路上にあって混雑もしておらず、しかもおなかがすいているとあっては… 午後2時半に遅い昼食。 おそばをいただきながら、ラップトップを開いて業務連絡タイム。 急な仕事も発生しておらずオフィスは平常運転。 アイスコーヒーとパフェをいただいて落ち着いたところで、すぐ裏の星山峠へ。



    小田越は30年以上ぶり3回目。 今は休日は一般車規制になっているんですね。 平日ツアーであることを感謝して、交通量の少ない長い峠道を上っていきます。 が、いけね、燃料入れてない。 通ってきたルートにはずいぶん長いことガソリンスタンドはなかったし、30kmとかの範囲内にもなさそう。 こりゃあ当初予定通り小田越で遠野に降りるしかない。 残り距離は、ティーディでは絶対にたどり着けない距離です。 が、ティルのトリップメータ、航続可能距離計、平均燃費計、燃料殘量計、NV-U37の目的地までの距離をあわせて見るに、おそらく20km以上のマージンを持って到着できるでしょう。 パワーは抑え、スピードゆっくり目で小田越への長いワインディングロードを登っていきます。

    30年も経てば道路も構造物も植生も変わっていますからね、来たことのある気もするし、初めてなような気もするし。 静寂に包まれた、開放的で、どこか厳粛な、雄大な景色を望む長く高い峠。 この感覚は小田越のものですね。

    下りはパワーを極力使わず、ときおりクラッチを切ったまま下っていきます。 いやもうそんなことしなくても燃料切れの心配は完全になくなったのでけどね。 遠野の街中に降りましたが、給油は明日に回して今日の宿へ。

    燃費の良さはティーディに比べて大きなアドバンテージ。 郊外一般道走行の条件でティーディではリッター17km、フルタンクで340km。 ティルではリッター20.5km、フルタンクで410km走れます。 実際には十分なマージンを見越しますが、それでも燃料消費率にして15%、航続距離にして70kmの違いは大きい。 とてもありがたいことだし、今回は本当に助かりました。

    街中の旅館は、文字通り歴史のある建物で、実際には戦後間もなくの建築らしいのですが、 案内された部屋はまるで明治の文豪にでもなったかのようです。 私はものすごく暑がりなのでちょっと不安になりましたが、エアコンも快調で、快適。 夕食は広間で、お膳でいただくスタイル。 うわあ、こんなのホントに久しぶりだ。 食事もおいしく、この旅館にしてよかったな。


2017-07-27 Day 6

発時 10664km
着時 10885km
走行 221km

2017-07-27 #01 中山峠 [初]
2017-07-27 #02 雷神峠 [初]
2017-07-27 #03 谷内峠 [初]
2017-07-27 #04 磔峠 [初]
2017-07-27 #05 滑峠 [初]
2017-07-27 #06 拝峠 [初]
2017-07-27 #07 花見石峠 [初]
2017-07-27 #08 古田トンネル [再]
2017-07-27 #09 雀坂 [初]
2017-07-27 #10 八卦坂 [初]
2017-07-27 #11 星山峠 [初]
2017-07-27 #12 山屋峠 [初]
2017-07-27 #13 長野峠(車道) [再]
2017-07-27 #14 折壁峠 [初]
2017-07-27 #15 小田越 [再]





    Day 7。 楽しかったお宿のすぐ近くのお菓子屋さんに寄り、今回のツアーのみやげに明がらすを買いました。 いくら大型ツアーバッグと両サイドバッグがあるといっても、お土産品を積み込むスペースは限られます。 まつだ松林堂 [外部リンク] のお姉さんはスペースを食う箱詰めではなく、中身をバラし、濡れても大丈夫なようにとビニール袋にきれいに詰めなおしてくれました。 こりゃあありがたい。サイドバッグにすっきり積めました。
    「これからどちらへ?」と尋ねるお姉さんに、 「峠をまわってるんですけど、会社の休みを無理してきちゃってるんで、まずは10時からネットワークでつないで会議に出なきゃなんです、 どこか電波の具合がよくて椅子があってあんまりほかの人がいなくてべらべらしゃべっても迷惑にならないところがないかなあって」 「そうですか、遠野はまだケータイの電波良くないですからね、どこがいいかなあ」

    実際には、あらかじめ目星をつけていたところ… 鍋倉城跡公園がズバリでした。 トイレがあるし、ベンチとテーブルがあるし、ほかには誰もいないし、 なにより遠野市街が…移動体通信網基地局アンテナも含めて…よく見渡せます。 途中小雨がちょっとだけ降りましたが支障にならず、 「そんじゃあそんなわけで次は夕方6時に。それまでは多分電波ダメだから」と。

    テレコンを済ませて、給油。 タンクは残り1.5リットル、あと30kmという状況でした。 おおむね予想した通り + さらにちょっとマージンがあった、という感じです。



       

    まったく予期せずに山の中ですごくおいしいおそば屋さんに出くわす、などという幸運はそうそうありません。 そろそろお昼をと思ってもその時間はたいていお店どころか人家すらないような山の中にいますし、 里に下りてもそもそもお店がぜんぜんなかったり。 3回に2回は昼メシ抜きで走っている、という感じ。 昼食をとらずに走りまくって気づかぬうちに糖分不足・水分不足・電解質バランス不良に陥ったことが判断ミスの原因のひとつだったという真因分析結果 もありますので、できるだけ避けようは思っているのですが。

    で、山里の小さな雑貨屋さんでベンチに腰掛け菓子パンと冷たい缶コーヒー、というのも 案外に好き です。 バイパスができて地元住民だけの交通量しかない静かな通りのよろず屋さん、 しかも周囲には地元の人によって維持管理されているミニお花畑だったりプランターだったりがあって、 それ自体がくつろげる場所、というのは実はけっこう貴重だったりして。 見つけたときはハッピーな気分に。



    峠をつないでルートを進め、越路峠から阿原峠への道に入ると、自分でも表情がこわばって来ているのが分かりました。 雑草繁茂のひどい細い未舗装路を慎重に進んで阿原峠まではたどり着けたのですが、 その先はどんどん細くなって、雑草もさらにひどく茂っています。

    基本的にダブルトラックなので、転落を恐れて山側の右トラックに乗って進みますが、 ティルの車体右半分は洗車機の中で回転ブラシを受けているような状態。 ティルご自慢のくちばしが、草を車体右側に分ける役割をしてくれています。 雨は降っていないのに、下半身は水滴をたっぷり含んだ草での連続ブラッシングを受け、 ものの5分でブーツの中は強い雨の中を走ったかのようにぐちょぐちょ。

    軽トラ級の道の路面は実際には悪くないのですが、 なにしろ雑草繁茂がひどく、路面の状態も路肩の様子もまるで分かりません。 もし雨水で路肩が落ちていたら気づかずに前輪を落としてしまうでしょう。 もはや転倒覚悟で進むしかありません。 しかしおなじ転倒覚悟といっても、ボディアクションや路面蹴りで立て直すことができ、 転倒したとしてもダメージも少なくて引き起こしも容易なオフロードバイクの場合とはちがいます。 道幅も狭ければ足元も悪く、引き起こしすらできないかもしれない重量級の大型ツアラー。 恐怖の度合いが桁違いです。 この道幅と雑草ではUターンはできたとしてもかなり難儀、どうにか通り抜けられることを強く願い、 突然の転倒の恐怖と闘いながら、低速で進んでいきます。

    実はこの区間、どういうわけかNV-U37のGPS NMEAログが残っていませんでした。 いちばん道が狭く進みにくかったのは阿原山の南側〜西側稜線の急斜面をトラバースする区間だったはずで、 ローギア半クラッチでの進行でした。 そのあと道幅は少しずつ広がり、やがて阿原山牧場の外縁に出ました。

    もうこれで大丈夫だ! と安心すると、視界は突如広大に開け、宮沢賢治の歌碑と記念碑と東屋が設けられている阿原山高原に出ました。 な、なんてこと! 観光ガイドとかは全く事前調査していない今回のツアー、 突然の神様の思い付きであるかのような天空の世界のプレゼント。 昔それを知らず、全く予期せずに荒川高原の広大な世界に出たときと同じ感覚。

    暑くも寒くもなく、風もなく、物音ひとつしない無人の世界。周囲一様の白い光。 見渡す限りの無感覚。 私が寝ていて見る夢にこういった風景がときおり出てくるのですが、まさにそれ。 ひょっとしたら今私は夢を見ているのか、それとももう生きてすらいないのかもしれない、 そんな思いにさえとらわれるほどの、夢の世界。 この感覚が、私にとってのイワテなのだ。



    私にとって前回・今回の岩手ツアーは、1986年の スズキRH250 での岩手ツアーの足跡をちょっとだけ辿るという意義もあります。 電子航法もなく、正確な道路地図さえなく、宿に泊まらず、食事もまともに取らず、休むことさえためらってただひたすらに走り続けたツアー。 どこをどう通ったのかの正確な記録もなく、多くはない写真とおぼろげな記憶を頼りに、若く無謀だった自分の姿を見てみたいという気持ち。

    深夜の峠にテントを張って雨の一晩を明かした時の写真があって、だけどそれがどこなのかわからず。 記憶を頼りにGoogle Streetviewをさまよって数時間、おそらくここだったはずと同定したのが田原峠。

    阿原高原の夢の余韻に浸りながらヤマを下って今回実際に田原峠に着いてみると、 木々は大きく育ち、テントを張ったスペースは背の高い草に覆われ、様相は一変していました。 が、背の高さほどもある草をかき分けると、そこにははたして、テントの写真に見えている道路開通記念碑がありました。 やはりここだったのだ! 夢の無感覚の天空のつぎは、過去へのタイムスリップ。 1986年08月14日の田原峠到達を最終確認、そして今回再到達の記録。



    田原峠から大東町沖田へ降り、大東町渋民に行く道は、間違いなくRH250で通っています。 当時の写真で「峠」というバス停の前で撮ったRH250の写真があり、そこがどこなのかは30年近くわからなかったのですが、 GoogleのサーチとStreetViewのおかげで沖田渋民線のバス停だということが2年前に判明しました。

    で、今回そこにも立ち寄りました。 すると・・・ そこには単に「峠」という名のバス停が今もあっただけではなく、地元の人たちによって建てられたとてもすてきなパノラマ解説板 --- スチールでできたフレームを通して生の景色を切り取って眺める -- があり、さらに解説板には「中屋敷峠」という固有名が書かれています!! うわあ、はるばる現地に赴いてはじめて判明した事実!

    きっとこの峠のように、古くから地元の人に呼びならわされてきた数多くの峠の固有名は、公式地図に掲載されず、地誌にも掲載されず、 たとえ活字化されたとしても地域住民対象の地区報のみ、インターネット上になぞ公開されておらず。 よってほかの誰の興味も引かず、研究者たちの調査にも引っかかってこずに、知られないままになっているような峠がたくさんあるのでしょうね。

    私の峠データベースには約2700の峠がリストされています。 これに登録してあるのはおおむね名古屋から東だけですので、 日本全国で固有名が地図や文献で確認することのできる峠のざっくり半分が登録されていると考えて、 日本にはおよそ5000の峠があるということになります。 一方でその昔、柳田國男は著書の中で日本の峠の数はおよそ1万5000は下るまいと書かれておいでです。 その数を拠り所にするならば、いまや1万もの峠が、伝承されないままになっているということです。 徒歩交通の最後の時代に少年期だった人々はもはやご存命であっても高齢、 自らインターネットに回想録などお書きになるわけもなく、 この先10年程度の間に1万もの峠があらゆる記録から、つまり歴史から、消え去っていこうとしています。 ああ。





    さあこれで終わり、もう日も暮れかかっているし、普通に国道の峠をひとつ越えて宿に行こう。 国道に出て、安全運転している車列についてちんたらと走っていると、NV-U37のディスプレイに未到達車道峠のシンボルが出てきました。 これは? ああ、鳶ヶ森峠か。 切り出した材木で道が塞がってたんだったっけ。 で、いま走っているのは、その反対側か。 てことは・・・ 分岐入り口がここにある!! ブレーキをかけ車列から離れ、Uターンして、その分岐に入りました。 逆からなら行けるかも!?

    道は交通量のほとんどない軽トラ級になりました。 すでに日は沈んで薄暮状態。普通なら入って行く条件ではありません。 完全に日が沈んでも走れる道路状態でかつUターンが確実に可能な範囲で進み、 荒れ具合がさらにひどくなりはじめたところでティルを止め、ポケットライトを取り出して速足で峠に向かいます。 徒歩で10分、無理しなくてよかった、細い倒木が何か所もあり、昼間ならともかく夜でティルじゃあ危険すぎる。

    ここは国道343号の旧道で、昔はよく利用されていたものの、鳶が森トンネルが開通して利用が激減し廃道化した・・・わけです。 猊鼻渓のお宿の従業員さんは 「はてねえ、もう誰も通らないからなあ、行けるかなあ」 とおっしゃってましたね。 答えは、「通り抜けはできないけれど、猿沢側からなら峠まで行ける」でした。 最後の最後に答えが出せてよかった。

    すっかり真っ暗になった峠で動物の気配におびえながら写真を撮り、ティルに戻って、慎重に荒れた林道を下り、再び国道に出ます。 前には通勤帰りのくたびれた軽自動車がのろのろと、後ろは眩しいヘッドライトで車間をみっちり詰めてくるバカなアルファードに挟まれて辛抱強く耐え、 奥州市-一関市界の峠 (「寺峠」と仮称) で最後の休憩。 車が過ぎ去ればしばらくは漆黒の闇に包まれる国道の峠に、おおっ、蛍が飛んでいる!


2017-07-28 Day 7

発時 10885km
着時 11118km
走行 233km

2017-07-28 #01 土室峠 [初]
2017-07-28 #02 小友峠 [初]
2017-07-28 #03 土越峠 [初]
2017-07-28 #04 糠森峠 [初]
2017-07-28 #05 氷口峠 到達できず
2017-07-28 #06 樺峠 [初]
2017-07-28 #07 下峠 [初]
2017-07-28 #08 鹿喰峠 近傍 [初]
2017-07-28 #09 五輪峠 [再]
2017-07-28 #10 荷沢峠 [初]
2017-07-28 #11 姥石峠 [再]
2017-07-28 #12 種石トンネル [初]
2017-07-28 #13 越路峠 [再]
2017-07-28 #14 阿原峠 [初]
2017-07-28 #15 田原峠 [再]
2017-07-28 #16 中屋敷峠 [再]
2017-07-28 #17 鳶が森峠 [初]
2017-07-28 #18 寺峠 [初]





    Day 8. 朝からフルレイン、でも今日は高速道路でまっすぐ帰るだけ。 岩手ツアーなのにとくに岩手らしいものを食べていなかったので、 ホテルの目の前にある冷麺屋さんの開店を待って。 でも10時になってもお店は開かず、 残念だけど諦めよう。 雨の高速道路を巡航し、 国見SAで国見峠の写真を撮って - スポットでどこが国見峠なのかわかっていませんけれど - 昼食いただいて、デザートに峠のクリームあんみつをいただいて、 岩手ツアー2017は終了。

2017-07-29 Day 8

発時 11118km
着時 11570km
走行 452km

2017-07-29 #01 国見峠 [再] 東北自動車道国見SA


    8日間のツアーでしたが、まる1日の休暇を入れたりテレコンしたりのんびり過ごしたので全行程は2000kmどまり。 まあこんなものでしょう。 合計81峠、うち69峠が新規到達。結構な成果だったとしておきましょう。 丸森峠に立ち寄りそびれたのは、NV-U37へのマーク転送漏れ。 前日の夜にNoobow7300AのSuper Mapple Digitalと見比べてルート検討すべきなのですが、めんどくさくなっちゃうときもあってね。 丸森峠と笛吹峠はふたたび遠野を訪れるためのもっともらしい理由として取っておきます。

全行程
発時 9503km
着時 11570km
走行 2067km

    今回の装備系のトラブルはSimpsonブーツ。 2015年8月から使っていて、今回はよく持った方だと思います。 出発前の段階でかかとは減って穴が開き、防水能力は失っていました。 同じモデルの新品は買ってあるのですが、このブーツは今回のツアーで完全に履きつぶそうと思っていました。 それは事実なのですが…まさか初日にかかとがぱっくり開いちゃうだなんてね。

    この理由は、ツアーバッグを装着した状態では右足をシート上から抜くようにしてマシンから降りるのですが、 疲れてきたり足場が悪かったりすると足が高く上がらずにシートでかかと部のソールをはがす方向に引っかかってしまうためなのです。 まあほとんど支障なく使えて、最終日の国見SAでなお一層剥がれてペタペタ言うようになっちゃって。 でも全行程を耐えて、予告通り履きつぶせたので結果どうにかオッケー!






タンデムで林道を

    ポゴがティルでどこか行きたいというので、涼しくなって天気もいいし、近場にお出かけ。 ごく普通に内久保経由で小峠を登り、赤久縄で新鮮な焼き魚で昼食。

    食事ののち、もう少し回っていきたいというポゴのリクエスト。 さてどうしよう、名無村経由で上日野に降りるか、塩沢峠から万場に降りるか、投石峠あるいは仏南沢峠から妹ヶ谷経由で回るか。 なんにしても一般車やグループツーリングのバイクの後ろについてノロノロ走るのは避けたいなあ。 そうだ、久しぶりに御荷鉾スーパー林道の赤久縄山区間経由にしよう。 ならば、課題として取ってあった杖植峠の旧峠に行けるぞ。 「ダートに入るけど、いいか?」 と聞くと、「いいよ」と即答。では。

    ホーロク峠 の手前のY字分岐を鋭角右ターンすると、道はすぐにフラットなバラスト砂利になりました。 実はこの区間に来るのは、本当に久しぶりです。 XT400・RH250の1980年代はもちろん、1999年以降はスターワゴンで深夜にしょっちゅう走っていたのですが、 いまだにこの区間のGPSトラックがないところを見ると、最後に走ったのはいのぶ〜を買った直後、ザラメ雪で撤退したときで、 それ以降は皆無だったようです。 その気になればいますぐにでも行けるところだから、と思い続けてはや何年、だったわけですね。

    みかぼ自然公園管理事務所のトイレにポゴを寄らせて、再スタート。 赤久縄山北面の道は荒れておらず快適。 タンデムですから無理はしませんが、パセンジャーの存在はほとんど意識する必要がなく、 さすがこれはビッグアドベンチャーツアラーならでは。

    NV-U37が杖植峠到着を示した場所からは、南に作業道が伸びて、赤久縄と日向山を結ぶ稜線を超えています。 ここはティルで入るにはためらう状況だったのでマシンを止め、 私はNV-U37で、ポゴはスピーカ内蔵のウォークマンFでそれぞれ好きな音楽を鳴らし山道を歩き始めます。

    しかしその道は古来の杖植峠を示す場所からはむしろ遠ざかってしまいました。 ちょっと違うみたいだな、戻ろう。 師匠は「車道近傍点からほんのちょっと歩いて登ったところにある」と言っていたから、その言葉からして、 またむかし徒歩道があったとすればどこを通っていただろうかと推測し、む、たぶんあのあたりのはずだ。 「ポゴ、ちょっとそこで待ってろ、多分すぐそこだから行ってくる」。

    作業道から山に入り、伸びたやぶ草をかき分けると、あ、あった。 それはお地蔵様でも馬頭観音でも古い道標でもなく、木に打ち付けられた古いブリキのプレート。 これだ… いつか必ず見にいくぞと思ったのはいつのことだったのか… ようやく来れた。 「おとうさん、どう? 何かあった?」 「あったあった、古い標識。 これが見たかったんだ」 「写真撮って、見せてね」 「おう、今から撮るよ」

    元禄国絵図にも描き表されている深い山の中のこの古い峠は、当時はおそらく6方向からの道が交わる、重要なウェイポイントでした。 日野と万場が領地争いをしたときに標識として杖が立てられ、それが名の由来と言われています。 自ら歩き、名著「群馬の峠」を著した岩佐徹道さんは、合計150の群馬の峠のなかで、 最後の峠としてこの杖植峠を選びました。 いま峠に残っているのは、1971年に岩佐さんがこの峠に到達したときの記念として取り付けたもの。 当時はほかのワンダーフォーゲルチームの到達標識とともに杭に取り付けてあったようですが、 いまでは岩佐さんの標識だけが峠の大木に取り付けられて残っています。

    考えるとこの岩佐さんの標識は、1971年に取り付けられたものだから、もう46年も前のものです。 御荷鉾スーパー林道の杖植峠区間は、1980年には未開通でした。 今なら林道からほんの1〜2分で峠の標識に会えるわけだけど、1971年、岩佐さんは古来の峠路を歩いていたわけです。 「群馬の峠」の最終章に、岩佐さんは4時間かけて杖植峠に着いたとあります。 1980年代に全線開通した御荷鉾スーパー林道は峰つなぎの道なので、 杖植峠いまやぜんぜん峠なんかじゃありません。 地形的に特徴がある地点でもないので、 休日には何台ものオフロードバイクが通るけれども、だれ一人止まらず、ただ通過するだけ。 標識もないんだから、まあしかたありません。 でもせめて、由来を付記した小さな標識でも立ててあげたいところです。 林道ライダーにさえ立ち寄ってもらえない忘れられた峠は寂しいばかり。

    杖植峠から日向山の北斜面を西進する区間は、雨水による溝掘れがかなりひどくなって、 普通車では走れないほどに荒れており、一部道幅も細くなっています。 が、もちろんオフロードバイクなら全く問題なし。 ポゴを後ろに乗せていることもあってティルではさすがにトレール車のように気軽に進むわけにはいかず、 深い雨溝を避ける走行ラインを慎重に左右にとって進みます。 が、タンデム状態であるにもかかわらず操縦性は良好なままで、 ここは大型アルペンツアラーの美点です。

    今回は八倉峠の手前から青倉に降りるルートを。 「ふーう、やっぱりダートは疲れるよおとうさん、舗装になってよかったね」 「でもここは交通量がなくて路面が一面にコケ蒸してるところがあるだろ? ダートなんかよかずっと滑りやすくて危険だからゆっくり行くぞ」

    どこかカフェで冷たいものでも飲みたいねと話をしながら一般道を進みますが、このあたりは道沿いにそんな気の利いたお店なんかないのは二人とも承知。 さりとて下仁田の街中に入って茶々に寄るのも面倒になり、 惰性で三本杉峠を超え、もういいや、帰ろう。 でもやはり冷たいものが飲みたくなって、額部のいつものコンビニで一息。 ああ、パナップグレープがおいしい。


2017-09-02 赤久縄・みかぼスーパー林道 親子ミニツアー

#1 小峠 [再]
#2 杖植峠 [再] [旧峠地点に初到達]
#3 三本杉峠 [再]












タイヤ交換

    DL1000A純正装着のブリジストン・バトルウィングはアドベンチャーツアラー向けのラグパターン主体のもので、 これなら非舗装路でも具合がいいかなと期待しましたが、 残念、これといった違いは感じられませんでした。 バラスト砂利やソフトサーフェスでは全く歯が立たず。 まあ考えてみれば、なんとなくそれっぽく見えるというだけの話であり、 ほぼ完全にブロックが摩耗しきったオフロードタイヤと同じようなものなわけですから、 期待する方が間違ってます。 すでに8000km以上走っているタイヤなのですからオフロード性能は相当低下しているのでしょうが、 だからといって8000kmでタイヤ交換していたのでは私の使い方では半年しか持たず、サイフへの負担は大。

    いっぽう舗装路ではというと、特に何の好印象もなく、しかし小雨に濡れたマンホールのフタでは確実に滑ります。 ありゃあ、ティーディではそんなこと全然なかったのに。 これはエンジンパワーがあるためなのか、はたまたオフロード走行に少し振った車体ジオメトリのせいなのか。 一瞬リアが滑った場合は、イニシャルストロークが大きいリアサスをもつティルはティーディに比べて再グリップ後の揺り返しがちょっとばかり大きいです。 ま、練習もかねてマンホールドリフトを積極的に楽しんだりしてるんだけどね。

    さて、ティルを中古で買ってからもうすぐ走行5000kmになります。 オドメータは1万3100km。 リアタイヤはまだあと2ヶ月は行けそうですが、 フロントは2週間後あたりにはウェアインジケータに達してしまうはず。 未舗装路でのアドバンテージはほとんどなく、小雨程度の街中でツルツル滑っちゃうタイヤ。 ぼちぼち台風シーズンだし、とっとと交換してしまうのがいいでしょう。

    ティルは全天候長距離通勤機ですから、本来任務の適性を大きくスポイルするオフロードタイヤは入れられませんし、 ちょっとそれっぽいだけで実質何のメリットもないなら純正タイヤのようなパターンをもつタイヤも不要です。 荒れた林道の低速走行で滑ってバッタン、はもちろんイヤですが、低速ゆえにケガの可能性は低く、 だれも見ていない山奥では人目を気にする必要もありません。 が、大雨の市街地交差点や山間部ワインディングとかで転倒するのは避けたいですし、高速道路での転倒は絶対に避けなければなりません。 やはり最優先すべきはレイン性能。 それにアルペンロードでの運動性能と適度なライフを考えると、ミシュラン・パイロットロード4トレイルを超えるタイヤはなさそう。

    ティーディの時はパイロットロード4シリーズはフロントに合うサイズがなくてリアにパイロットロード4トレイル、 フロントにパイロットロード3を使っていました。 ティルのリアはティーディと全く同じサイズ。 フロントは19インチで、ずばり純正サイズのパイロットロード4トレイルが用意されています。 注文して、翌週にピット入庫し、交換してもらいました。 今回はオートバイ用品店・車両販売店共通のショップに依頼。 多くの数の車両の整備をこなすのでしょうから不具合情報とかは多く持っているのかもしれませんが、 私がどのようなオートバイの使い方をしてどのような好みを持っているかをしっかりわかってくれているかかりつけ医師の安心感はありません。 まあ、実績あり間違いなしチョイスの純正サイズの単なるタイヤ交換だから、心配はいらないか。 担当してくれたメカニックさんのきちんとした対応に好感をおぼえて、安心して走り出すことにします。 さて、マンホールでの滑り具合はどうかな。

    エア圧はフロント2.5、リヤ2.9。

2017-09-09 タイヤ交換 (フロント1回目 リア1回目) 13153km

F: Michelin Pilot Road 4 Trail 110/80R19MC
R: Michelin Pilot Road 4 Trail 150/70R17MC




    翌週末の中央研究所向け帰投走行は山岳路経由で。 荒れ気味の未舗装区間には一部ジムニー級も含まれていましたが、 ぬかるんでいない限り確実に進んでくれます。 オフロード車のようにかっ飛ぶわけにはいきませんが、 純正タイヤに比べ決して劣らず、むしろ使い込んで慣れている分、ずっと安心。 慌てず落ち着いて進む限り、問題なし。

    第3研究所向け走行は台風が日本列島縦断、さっそくにパイロットロード4の真価発揮かと思いましたが、 幸いにフルレインは5分間が3回程度、残りはほぼ降っておらず、テストにはならず。 しかしさらに次の週の中央研究所向け帰投走行は全行程フルレイン。 台風の中のヘビーレインというほどではありませんが、高速道路の透水性舗装区間でもけっこうなスプレークラウドを撒き散らしながらの走行です。 が、ティルはビシッと安定して直進します。 む、これってティーディよりもイケるかも。 フロントにも最新のパイロットロード4トレイルが入っていることと、フロントが19インチになっていることの恩恵でしょう。 もちろん過信は禁物、しかし安心感は純正タイヤの比ではなく、やっぱりこれだね。

    ところでフルレイン高速走行では、意外なことに、 ウォーターシールドパンツの上に使い込んだレインパンツを穿いた状態で、太ももの背側表面からの浸水が気になりました。 なんだか今までにない浸水パターンです。 これはリヤタイヤからのスプレー巻き上げのようです。 ティーディはリアホイールに密着する形の、スイングアーム側固定タイプのリアフェンダーを持っていました。 やはりこのタイプのフェンダーはレインツアーには有効な様子。 調べると、社外品で2014年Vストローム1000用のリアフェンダーが販売されています。 欲しいなあ、でもちょっと値段するなあ。






久しぶりに赤城へ

    役所に用事があって平日に休みをもらいました。 要件そのものは短時間で済むのですが、平日に本人でないと扱ってくれず遠隔地サービスもない、というのはそろそろなんとかしていただきたいですね。 というかいまどきあり得ませんね、民間のサービスでは。

    さーてせっかくの平日休み、天気もいいし、近場しか行けないけど、そうだ赤城に行こう。 クルマでドライブを楽しむ人も近年では減ってきて以前ほどではないにせよ、 ルートの選択肢が少ない山頂までは休日はノロノロ運転に付き合ってパレード走行しかできませんからね。

    しかし当初予定していた大胡赤城線は赤城温泉の先から道路完全崩落のため通行止め。 ざんねん、富士望峠・牛石峠それに車道からちょっと入ったところにある軽井沢峠には行くことができません。 この道はたぶん高校生の頃に走っていると思うのですが、確証なく、よって富士望峠・牛石峠も未達ステータスのままなのです。 群馬県人って言ってもね、私は西上州がテリトリーなので、赤城山は県外に出かけた感覚なんですよ。

    仕方なく観光メインルートの前橋赤城線へ。 登り始めちょっとしたら2台前の先行車がわき道に入り、前走するスーパーセブンがペースを上げます。 さすがに軽量スポーツカーの走りはシャープだ! こっちも本気にならないとついて行けないスピードですいすいコーナーを抜けていきます。 こりゃ楽しいや、今日はタイヤのショルダーが削れるな、と思う間もなく、 残念なことにノロノロ走る車列に追いついてしまいました。 おそらくお年寄りが運転するeKは安全な場所で後続車に道を譲ってくれましたが、 つづくハリアーは大して変わらないノロノロ。 最後まで道を譲ってはくれず、結局は休日と大差のない7〜8台でのパレード走行。 スーパーセブンさんはつまらなさそうだったなあ。

    新坂峠・鳥居峠で写真を撮って到達確認ステータスにしたのち、 赤城神社を参拝。 観光客もさほどにはおらず、のんびり静かに参拝できました。 さらに五輪峠で写真を撮って、都合 今日は3峠到達確認。 外輪山の峠ハイクはいつかまたの機会に。 帰りは、前回はいつ通ったのか全く記憶がない北面道、そして西麓広域を経由して高速に上がり、帰路へ。 すごく久しぶりの、観光地ツーリングルートでした。 平日ならこれもいいよね。

2017-09-29 役所のついでに赤城山観光ツーリング

2017-09-29 #1 新坂峠 [初] [おそらく再]
2017-09-29 #2 鳥居峠 [初] [おそらく再]
2017-09-29 #3 八丁峠 [初] [おそらく再]
2017-09-29 #4 五輪峠 [初] [おそらく再]




オイル交換

    オイル交換は5000km毎と思っていましたがお店に行く機会を逃し (面倒になってしまい、の意)、 納車整備後6200km走行。 本日、行きつけのショップでようやっとオイル交換。

    今週はECM交換のサービスキャンペーンのハガキが届いていましたが、 そのショップではダイアグツールがないからできません、とのことで。 扱い台数が少ない街中の小さなショップではもはや最近のオートバイの整備はやってもらえないのです。 まあ仕方がないけども。 ティル買ったお店に頼むか。

    ティルに乗り始めてすぐ、朝の通勤出発時にプスンとエンスト、その後も何回か、そして昨晩も1回エンスト。 電子制御燃料噴射なのにエンストするんだ、やっぱり大排気量ツインではアイドルからのアクセル開の制御は難しいのかな、 とか思っていました。 発生するのはたいてい走り出して間もない時ですし。 それにネットに上がっているインプレッション記事でも、エンストがなければバランスの取れたいいマシンなんだけどとかいうのがありましたので、 ティル個体の不具合ではなさそうです。 こういうもんなんだ。 ただ、一時停止時とか交差点中央で右折待ちなどのときにプスンとエンストされてしまうと立ちゴケの危険性が高いですから、 いつも用心していないといけません。

    でも届いたハガキによれば、今回のサービスキャンペーンの対象事象はいままで経験していたエンストの症状にほぼ合致します。 む、ソフトウェア障害だったのか。 クラッチスイッチの検出が遅れて、エンジン回転急上昇、しかし車輪速は上がらないからトラクションコントロールが点火抑制してしまう、 とかかなあ。

    エンストとは違う案件で、朝エンジンを始動したときに赤色のFI警告灯が点灯ままになることがあります。 すでに4〜5回は起きたかな。 確証はありませんがメインキーをONにしてすぐにセルを回すと起きやすいような気がします。 初期診断中に電源電圧が変動して外部負荷の故障診断を誤る、とかだとすれば、 これまたすごくありがちな現象。 こういう不具合を未然に防ぐには、システムとしてのオートバイ全体とその使われ方を熟知しておく必要があるんだよね。 大手の自動車会社でも最近では自分ではクルマ持ってませんとかペーパードライバーですとかいう若手エンジニアさんが増えてきているようで、 ベテランさんは若手育成に困っているらしくて。

    ともかく、今回のサービスキャンペーンのユースケースでエンストするとしたらそのときはクラッチを切っているわけですら、 いきなり後輪をガツンと止められて立ちゴケ、の可能性は低そう。 ECM交換を急ぐべき事象ではありませんけど、ラボの近くのショップではやってもらえないとすると、 なんだかんだで1日使う必要があるかな。 ところで対応はECMをアセンブリ交換。 CAN経由でリフラッシュとかするのかと思ったけど。

2017-10-09 チェーン清掃給脂
2017-10-14 オイル交換 4800円 14801km フロントフォークインナーチューブ下端部清掃




まだ始まってません・・・



Memo

Battery
    FTX14-BS
    10h rated capacity 12Ah

Tires
    Front: 110/80R 19 M/C 59V
    Rear: 150/70R 17 M/C 69V




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